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教養学部報

第559号 外部公開

〈時に沿って〉駒場時代の辛い記憶

宮本安人

2013年4月1日付で大学院数理科学研究科准教授として着任いたしました。駒場には9年ぶりに通うことになります。駒場キャンパスは、楽しかった記憶よりも、辛かった記憶が多く思い出されます。学部一年生のころは、あらゆる科目で、高校のころとは段違いに難しくなった講義内容に、なかなかついていけず、成績はあまり良くなかったと思います。なにより好きだったはずの数学が、全体的に抽象的な内容になり、面白いと感じられなくなっていました。

大学院に進学したものの、研究テーマが決まらずに手当たり次第論文を読んでいました。高校生のころは最先端の数学を使えばどのような複雑な問題でも数学的に解決できると信じていましたが、論文を読むにつれ、少なくとも専攻している偏微分方程式の分野では、想像していたほど進歩していないことを思い知り、がっかりしました。

なんとか博士課程を修了し、指導教官に北大のポスドクのポストを紹介して頂きました。そこでの経験が自分にとって大きな転機でした。所属した研究室は理学部数学科ではなく、実験系が主体の研究所でした。その研究所の他の研究者のテーマは具体的でした。例えば、植物の茎から葉の出る方向の法則性の研究、迷路を解く単細胞生物である粘菌の研究などです。数学科出身者の目には新鮮に映りました。私も博士論文の延長線上にある抽象的なテーマの研究は止めて、難しそうでも面白く具体的なテーマに挑戦しました。

私が選んだテーマの一つがホットスポット予想です。一様な材質でできた凸状の平板の温度が最も高くなる点は境界上にあるといった予想で、現在でも未解決です。研究の方向性を変えたことで、単に一般論を適用するだけの画一的と感じられた方法から解放され、創意工夫を凝らして問題に挑む高校生のころに感じていた面白さが蘇ってきました。

私の専門は非線形偏微分方程式です。非線形現象の一つ一つは非常に個性が強いため、全ての偏微分方程式に適用できる一般論は望めません。線形理論の時代から非線形理論の時代に移るとともに、世界的な研究の動向も、一般論の構築から個別具体的な問題に向かっています。このような大きな流れは、話には聞いていても学生時代には実感を持って理解することはできませんでした。今、振り返ってみると、自分の適性に合った分野を無意識のうちに選択してきたことが、結果として時代(とき)の流れに沿っていたことは運としか言いようがありません。学生時代の辛い記憶は、自分にとって良い研究テーマに出会ったときに、それを「良い」と認識し本気で打ち込むために必要だったのです。

東大、北大、京大、東工大、慶大に在籍し多くの出会いがありました。今回、東大に異動することになり、振り出しに戻ったような感じですが、今度は学生時代と違って楽しい記憶が残るように沢山の出会いと駒猫を大切にしつつ、研究と教育に精進していきたいと思います。

(数理)
 

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