HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報563号(2014年2月 5日)

教養学部報

第563号 外部公開

駒場を去るにあたって

鍛治哲郎

D-2-1.jpg定年よりも一年早く駒場を去ることにした。31年の間お世話になった計算である。後少しなのだから最後まで、という声が心のうちになかったわけではない。だが、もう勤め上げたような思いがしてならなかった。ここ数年で古くからの同僚を何人も送り、新しいスタッフを迎え入れた。一段落したと思っていると、一年ほど前から、正門をくぐりキャンパスを歩いて研究室に向かっているときに、ふと足が宙に浮いたような感じを覚えるようになった。

奇妙な感覚だなと反芻しているうちに、お辞めになった先生方や同僚の定年前の様子が浮かんできた。足どりや表情、醸し出される雰囲気には確かに一種独特のものがあった。ああ、これなのか、自分もそういう心境になりつつあるのか、と思い当たった。それ以来、この浮遊感は消えない。同僚に会い、学生に教えているときは何ともないのだが、行き帰り一人歩いていると萌してくる。そうこうするうちに、今はまだ好いが最後の一年になったらどうなるのか、この感覚はもっと強くなるだろうから、何かと支障が出てくるだろう、という気がしてきた。足が地に着かないままの最後の一年を想像していると、退き時なのだと思えた。

今また駒場は変動のさなかにある。定年までいたとしても、四ターム制や新カリキュラムでの授業を経験することはない。足元自体が滑るように動きつつある。振り返ってみると、大学院重点化が大きな節目だった。教員組織の再編を伴っていたので、大袈裟に言えば大学を移ったような気がしないでもなかった。環境が変われば、適応にエネルギーを使う。すべてが変わったわけではないので無理が生じる。難しいこともあった。だが、変化がもたらす効用は少なくなかった。しかし、それも、かれこれ20年も前のことである。大学院の現状に嘗ての面影はない。いろいろなプログラムが生まれ、今やリーディング大学院が始まろうとしている。

教養課程の教育は、重点化以来いつしか日陰に入ってしまったのだろう、正面から検討されないままできた感がある。その立て直しも、新たな学期制導入などによって迫られているのだと思われる。働き盛りの人たちの多くは、重点化後の着任であろう。新しい観点からアイディアが生まれることを期待したい。とは言え、制度の改革と実現は、その任に当たっている方々の多大のご尽力の上に成り立つ。そのご苦労は想像するに余りある。自分の時間が取れない事態ほど、我々の職業にとって苦しいことはない。去りゆく者としては、改革が一段落した暁には、研究・教育の条件が今よりも好くなっていることを祈るしかない。

原稿を書きながら昔を思い返していると、通勤途中のふとしたことが記憶によみがえってくる。小田急線のなかで、まだ行商の人を見かけることがあった。手拭いをかぶりモンペ姿の高齢の婦人が大きな荷をドアの傍らに置いてうつむいている。井の頭線ですぐそばに乗り合わせたりすると、届け先と和菓子の品名を書いた小さな包みが上の方に載っていたりする。池ノ上で降りて行った。そういう生業が成り立つ最後の時期だったのだろう。

キャンパスのなかでも、着任後の数年間は、時間の流れは緩やかだった。会議のない木曜日など同年代で昼食を取りに出る余裕もあった。教授会後に集って繰り出し、夜遅くまで及ぶという慣行は、どの「教室」でも普通に見られる光景だった。万事が呑気だったと言いたいのではない。ゆったりとした移ろいのなかにも空気は張りつめていた。若輩者にもその静かな緊張感は十分に伝わってきた。今の駒場にそうした雰囲気はもう感じられない。建設中の建物を含めてキャンパスは沸き立ち、活気と慌ただしさが支配している。以前は夏になると銀杏並木から九号館の前あたりで、悠然と飛行するオニヤンマを見かけたものだが、この頃はそのおおらかな姿に出会うこともなくなった。

古い人間の目には、中堅若手の人たちは、絶えず忙しく動き回っているように見える。昔とは生活も仕事もリズムが違っているのだから、当然のことなのだろう。二〇も三〇年も前の流儀が今そのまま通用するわけはない。この間に人文学も大きな変動に見舞われてきた。異国の文学テクストに取り組む者にとっては楽な時代ではない。その点で、大学院重点化の際に新設の言語情報科学専攻に所属したことは幸いだった。専門や語種は異なるものの、同じように文学テクストを研究対象とする同僚から、多くのことを学ばせていただいた。扱う対象が大きく広がったと思っている。

駒場の好さは専門分野間の垣根が低いことである。新たな領域への挑戦も容易である。学部・研究科もそうした趣旨で設立されてきた。もちろん元気な新入生と接することができるのも駒場の好い点である。そのような利点を生かしながら研究・教育環境の改善がなされることを祈りたい。

そして最後になってしまったが、お世話になった同僚諸氏と職員の方々に、この場を借りて心よりお礼申し上げたいと思う。

(言語情報科学専攻/ドイツ語)
 

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