HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報565号(2014年5月14日)

教養学部報

第565号 外部公開

〈本郷各学部案内〉 法学部は知的挑戦の場である

西川洋一

565-H-4-1.jpg「法学部」と聞いて、新聞やテレビで毎日報じられる刑事裁判や種々の立法について勉強する学部かと思う皆さんも少なくないでしょう。それも間違いではないのですが、法学部での勉強の対象や方法は実に多様です。まず、法学部では法律学だけではなく、政治学の研究と教育もなされています。それは偶然ではありません。現代の世界においては、法は政治的なプロセスを経て作られ、その政治は法に従って機能するのが普通のあり方です。社会という大きな集団の中で人々が平和裡に共生するためには、法と政治がうまく運営されることが不可欠です。借地借家のトラブルから国際紛争に至るまで、大学や会社の組織運営の仕方から最先端の生殖医療の規制に至るまで、人間の生活と人間関係のあらゆる側面に、法と政治は複雑な形で関与しています。

法学部での勉学の対象はこのように広大な人間社会ですが、皆さんの多くが必ずしも一般社会での生活や仕事の経験を有していないために、最初は授業内容に馴染めないことがあるかもしれません。しかし逆に言えば、法学部で学ぶということは、皆さんが大学を卒業した後、社会で必ずや遭遇しなければならない多種多様の問題に、人々の先頭に立って取り組む力を養うことを意味するのです。

あらゆる経済活動、行政の様々な作用、医療、科学技術の開発と応用、国際的協力活動、これらはすべて多様な角度から法的な規律を受け、その法的規律は一定の政治的条件によって支えられています。皆さんの身近にあるエンターテインメントを例に取っても、音楽作品やゲーム等の製作に携わる様々な立場の人々の多種多様な権利義務からはじまって、皆さんがそれをどのように楽しむことが許されるのかについてまで、無数の法的な問題があります。それらを誰がいかなる観点からどのように論じ、どのように決定すべきかは、すぐれて政治的な問題です。しかも日進月歩で発展する情報技術や医療技術が示すように、われわれは毎日新しい問題の解決を求められているのであり、しかもほとんどの場合それらを国際的な次元で考えねばなりません。法学・政治学に対して提起される問題は日々変化し、拡大しているわけです。

このように考えると、法学・政治学が無限の可能性を持った、知的にきわめてチャレンジングな学問領域であることがおわかりになるでしょう。法学・政治学を学んだ者は、自ら芸術作品を創造すること、新しい科学的発見を行なうことはできないかもしれない。しかし創作活動や科学的発見が適切に行なわれ、適切に受容・応用され、それを通じて芸術や科学研究がさらに発展するためには、すべての関係者間の利害関係や、各個人と全体との間の関係を、公共的観点から適切に規律・整序することが不可欠であり、それこそがまさに法学や政治学を学んだ者に期待されることなのです。世界に生起する新しい問題に積極的に関わっていくことで人々に役立ちたい、そのような志を持つ皆さんに、ぜひ法学部で学ぶことをお勧めしたいと思います。

法学・政治学が有するこの広い対象範囲に対応して、その方法も多様です。法の解釈適用を中心とする学問、法や政治の哲学的・理論的な考察、歴史的な研究や経験科学的な分析など、皆さんのいかなる知的な関心に対しても応えうる授業が法学部には揃っています。しかしもちろん法学部ですべてのことを学ぶことはできません。法学や政治学は社会の全領域に関わる学問であるがゆえに、そこでは人間や自然について幅広い知識と深い洞察が要求されます。西欧の歴史を知らずに憲法の意味は理解できませんし、刑法の根底には「人間とはいかなる存在か」という根源的な問いがあります。また自然科学に無知な人が環境政策やエネルギー政策を論ずることは不可能でしょう。法学・政治学の学修の前提となる広い知的基盤を築くために最適な場である駒場の教養学部で、できるだけ広く様々な領域を学んでおくことが、専門科目の勉学のためにも必須です。

駒場でしっかりと勉強を重ね、強い問題意識を持った皆さんと法学部でお目にかかれることを、私は楽しみにしております。

(法学部長・法学政治学研究科長/西洋法制史)
 

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