HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報567号(2014年7月 2日)

教養学部報

第567号 外部公開

〈時に沿って〉格子柄の迷宮

森畑明昌

幼い頃から繰り返し見る夢がある。格子柄の迷宮に閉じ込められる夢だ。そこは長いまっすぐな廊下と大きなドーム状の広間からなる。広間には複数の廊下が繋がっていて、その廊下の先にもまた広間がある。広間や廊下はそっくりで、壁も床も天井も全て同じように白黒の格子柄。気がつくと私はその中にいる。脱出の仕方は分からない。前も後も同じ景色で、今いる場所など知るよしもない。

昔から夜が怖かった。寝るのが怖かった。箪笥も、カーテンも、天井も、昼間は無害なふりをしているが、夜になると別だ。目を離したら何をしてくるか。実際、時折怪しげな物音をたてている。そんな連中の前で目を閉じ無防備な姿をさらすなんて。そんな恐怖が悪夢を呼んだのか、悪夢が恐怖を呼んだのか。いずれにせよ、格子柄の迷宮は私にとって夜の象徴であった。

月日が流れ、学校に通う年齢になった。夜そのものに対する恐れは徐々に薄れていったが、寝ることへの恐怖は薄れなかった。寝ると明日が来てしまう。夜には嫌なことばかり思いついた。胸糞悪いエピソードを、友人との諍いの種を、嫌いな授業を、教師に怒られそうなあらゆる可能性を思い起こした。このまま明日が来なければ。格子柄の迷宮は私の前に現れ続けた。

大学に入り実家を離れることになった。寝ると明日が来る、という事実は依然として恐ろしかった。しかし寝ずとも明日は来るようになった。自然、いつ寝ていつ起きているのか分からない生活になった。まどろむたびに夢を見た。国際電話で研究について詰問される。ブレーキが利かなくなり対向車線に突っ込む。道路に生えてくる猫の頭を踏み潰す。福引の大当たりで寿命を八十年分奪われる。親を三寸盤で殴る。クロッケーで負けると地球が爆発する。

格子柄の世界に迷い込む頻度は減っていった。理由は分かっている。あの格子は、実家のカーテンの柄だったのだ。

しかし見る夢は選べない。

気がつくと廊下に立っていた。前を見ても格子、後ろを見ても格子、右も左も同様。とりあえず歩く。歩きたいわけでもないが、気がつくといつも歩いている。音はしない。足音もないまま、変わらない景色が後ろへ流れる。廊下はどこまでも続く。気がつくと半球状の広間に出ている。半径は数十メートルか。雰囲気は大聖堂か何かのようだが、窓はない。代わりに周囲を埋め尽くす格子。向こう側には別の廊下が繋がっていそうだが、格子に紛れてよく見えない。そして立ち尽くす。ここから先はどうしていいのか分からない。いつものことだ。

視線の先。格子がゆがむと、小さな蛇が這い出してきた。格子柄だ。蛇は鎌首をもたげ、格子柄の舌を二三度出し入れし、口を開けずに言った。講師? 柄じゃないね。こうしてられるのも今のうちだ。

蛇から黒い帯が解けてゆき、追いかけるように蛇自身も煙と化して溶けた。壁も床も天井も無地になっていた。座り込んで朝を待つ。目覚めはまだ遠そうだ。

(広域システム科学系/情報・図形)
 

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