HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報574号(2015年5月13日)

教養学部報

第574号 外部公開

<本郷各学部案内>薬学部

池谷裕二

薬学部は包括的な生命科学研究の発信地
http://www.f.u-tokyo.ac.jp/

「薬(くすり)」の語源には諸説ありますが、とりわけ有力な説は「奇(く)すし」を由来とするものです。おそらく奇跡、奇妙、奇怪といったニュアンスでしょう。たしかに、小さな化学分子が、痛みを消したり、癌を縮小させたり、鬱を快方に向かわせたり、そんな効果を発揮する様子を見ていると、ほとんど「奇跡」に近いものを感じます。

そんな「薬」の魔力に対峙して、多角的なアプローチしているのが薬学部です。

薬には、ほとんどの場合、その対象となる適応疾患が存在します。疾患とは、何らかの生命現象の破綻によって日常生活に支障が出る状態を指します。通常、生体分子やそのシステムの機能異常が原因です。したがって、有効な薬をデザインするためには(このプロセスを「創薬」と呼びます)、生体分子や生命現象の仕組みを理解し、疾患の原因を解明し、創薬標的分子を探索していく必要があります。

つまり創薬研究には、病気の状態や原因を理解し、そのための薬を合成して、物性を調べ、そして生体に投与し、薬理作用や毒性を検討するという多重ステップが必要です。必然的に、薬学研究は多領域にまたがることになります。
とくに東京大学では、他大学の薬学部とは異なり、医療薬学や医療行政を先導する薬剤師を輩出するための薬学科(六年制)は全学生の一〇%で、残りの九〇%の学生は世界で通用する研究者を育成するための薬科学科(四年制)になります。つまり数の上では、研究者育成に重点を置いています。

薬科学科には有機薬科学と物理薬科学と生物薬科学が、薬学科には創薬学と医療薬学と社会薬学、そして教育センターがあります。薬を有機合成し、その物理的性質と生物学的性質を調べることを目的とした専攻が前者で、後者は試薬を医薬品へとランクアップするための研究や、社会の中での薬の役割を調べる医療薬学や医薬情報の研究を専攻としています。ただし、こうした学問分類はあくまでも定義的なもので、東京大学の薬学部は、メンバー全員で力を合わせて、分野横断型の統合的研究を推進しています。

学部生の授業や実習のカリキュラムも幅広い領野をカバーするように組まれ、バランスの取れた人材を養成することが意図されています。学部生の修士課程への進学率は九〇%以上と高く、さらに六〇%ほどが博士課程へと進学します。就職先はアカデミア、製薬関連企業のみならず、化学・食品・化粧品などの研究開発、行政、病院など多岐にわたり、数多くの卒業生たちがそれぞれの分野をリードしています。採用側からも幅広い知識をバランスよく備えた薬学部出身者の求人要望が高く、実際に、それに答えるだけの才能が育成されているのも事実です。

このような包括的な視野に立った創薬研究を行っているものの、その規模は、東京大学の学部にあってけっして大規模なものではありません。一学年八〇~九〇人とコンパクトです。このため学部としての機動性が高く、柔軟な対応と、高い結束力を持っている点、つまりメンバー同士の仲が良いこととが、本学部の一番の特色なのかもしれません。そんなメンバーを結びつける力が「薬」です。薬という奇跡の力に魅了される薬学部の研究は、ワクワク、ウキウキの毎日です。

(薬学系研究科長)

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