HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報578号(2015年11月 4日)

教養学部報

第578号 外部公開

HSPセミナー 「アフリカの『子どもの貧困』と支援」

関谷雄一

二〇一五年七月一五日開催 於・一八号館コラボレーションルーム

東京大学大学院総合文化研究科の「人間の安全保障」プログラムでは、「人間の安全保障」に関わる重大なテーマを取り上げたHSPセミナーを随時開催している。このセミナーは誰でも参加可能なオープンセミナーであることが多く、話題もバラエティーに富んでいる。今年二〇〇回の大台を超えたのも、セミナーのこうした開放性に由来していると考える。その一つ手前の一九九回目が、アフリカはマリ共和国における子どもの支援活動にずっと携わってきたアマラ・トゥレ氏による講演「困難な状況におかれているアフリカの子どもの支援活動」であった。去る七月一五日の夕方六時四五分から夜の九時頃まで、一八号館四階のコラボレーションルーム一で開催された。

西アフリカのマリ共和国は、サヘル地域とサハラ砂漠の双方をまたぐ内陸国で、日本の三倍の面積を持ち、一五〇〇万人の人々が、二七言語を持ちながら暮らしている。世界でも最貧に近い国で、主な産業は農業・牧畜・鉱工業である。講師のアマラ・トゥレ氏が同国からはるばる日本に来たのには少しわけがあった。そのことは講義を通して明らかにされていった。講義はHSPでは珍しくフランス語で行われた。その背景には、アマラ・トゥレ氏を駒場に紹介して下さった、本学教養学部のフランス語担当のベアトリックス・ファイフ先生のご紹介とご助力によるところが大きい。さらにファイフ先生を紹介して下さったのは仏文学専門の寺田寅彦先生であった。

トゥレ氏は一九七八年生まれの三七歳、国立バマコ大学で社会人類学の修士を取得し、その後ソーシャルワーカーの国家資格(DSTS)も取得されている。二〇〇五年から始まった、バマコのストリート・チルドレンたちを救済するための施設、シンジヤ・トン・マリ(シンジヤ・トンはバンバラ語で「友愛=fraternitéのための組織」の意)の運営を手掛けてきた。来日するまでは同団体の事務局次長を務めた。

シンジヤ・トン・マリは、発足は一九九七年であったが、具体的な活動が始まったのはトゥレ氏も参加し始めた二〇〇五年からである。マリのバマコの道端にいる子どもたちに、食べ物と寝るところを与え、再び就学・就業が可能となるまで支援をする施設として、今日では、従業員二二名が、三五名の子どもたちの面倒を見ている。同団体は通常、八歳から一八歳までの子どもたちを対象に両親が離婚したり、死別したり、様々な家庭のトラブルで逃げざるを得なかった子どもたちを施設で預っている。同団体の施設における活動としては、夜の巡回、子どもの指導と保護、寝食の場を提供し、非暴力かつ参加型の手法で子どもたちの社会復帰を応援している。

施設では、子どもたち同士仲よく遊ぶことだけでなく、絵を描いたり、スポーツをしたり、文化的活動や学校教育に準じた基礎教育も行われており、子どもたちの成長に合わせた教育環境が整えられている。施設の運営資金は、マリ共和国からの補助金以外に、姉妹団体のシンジヤ・トン・フランス、ルクセンブルグのNGO ECPATからの援助により、支えられている。施設が抱えている問題は、子どもの施設からの脱走や、両親たちの不理解、子どもたち同士のトラブルが絶えないことなどである。

トゥレ氏はこのような大変な施設の仕事に従事してきた背景を感じさせない穏やかな調子で平易なフランス語でゆっくりとお話ししてくれた。フランス語を習いたての学生にも、聞き取ることのできる内容は多かったと思われる。もちろんその場では全くフランス語が分からない人たちのためにも、ファイフ先生と二人三脚で日仏逐語訳に携わったボランティア通訳の池田裕佳子さんのお力添えも功を奏した。二人の大活躍のおかげで、トゥレ氏が出逢った、問題を抱える子どもたちの切実な声まで、私たちには生々しく聞こえ、臨場感あふれる訴えを共有することができた。

私のみならず、その場にいた聴衆にとって最も大きな疑問の一つは、なぜ今回、人手も足りない施設の切り盛りから離れ、トゥレ氏が遠い日本に来ているのかということではないかと思った。思い切って尋ねてみると、トゥレ氏は今、江東区で日中は、パン屋さんでアルバイトをしながら、夜間は学校で日本語を学んでいる。いずれ、バマコの現場に戻ることにはなるが、そのまえに少しでも多くの日本の若者に、バマコの「子どもの貧困」について知ってもらい、できれば日本の支援団体とのネットワークを構築したうえで帰国したい、と語ってくれた。トゥレご夫妻が、日本に滞在できる期間はあと一年余り、私だけでなく、トゥレ氏と縁あって関わりを持った多くの日本人が、できる支援をしてくれるとよいと願っている。

末筆ながら、今回のHSPセミナーの開催は夏季休業の繁忙期の中、急きょ決まったにもかかわらず、教養学部等事務部の方々の応援で何とか開催周知を実施することができ、時期的・時間的にも聴衆を集めることが困難な形での開催とはなったものの、たくさんの学生さんや一般の人たちが来てくださった。忙しい中対応にあたってくださった、ベアトリックス・ファイフ先生、寺田寅彦先生、そして、事務の方々に心より御礼を申し上げたい。

(超域文化科学専攻/文化人類学)
 

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