HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報580号(2016年1月 6日)

教養学部報

第580号 外部公開

「太陽がほしい」上映会と  班忠義監督とのトークイベント

阿古智子

2015年11月4日(水)開催
於・21 KOMCEE Westレクチャーホール

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「慰安婦」の史実を明らかに
班監督の話に熱心に聞き入る参加者たち
11月4日夜、21 KOMCEE Westレクチャーホールにて映画「太陽がほしい」の上映会と監督の班忠義さん、本学の外村大教授によるトークイベントを行った。私は司会を担当した。

班監督と私は旧知の仲で、彼の前作「亡命」の上映会も昨年、本学で実施した。「亡命」は天安門事件後、世界各地に亡命した中国人たちを描いたドキュメンタリーだが、「太陽がほしい」は「慰安婦」と呼ばれた中国の女性たちを記録した映画だ。班監督は1992年、中国残留日本婦人の人生を描いた「曾おばさんの海」で第七回朝日ジャーナルノンフィクション大賞を受賞、2000年に中国に連行された韓国出身の戦争被害女性を描いた映画「チョンおばさんのクニ」、2007年に旧日本軍による性暴力被害者を描いた映画「蓋山西(ガイサンシー)とその姉妹たち」を製作している。

班監督から「太陽がほしい」の上映会を東大でできないかという話を持ちかけられた時、「慰安婦」を専門に研究していない私は、すぐに決断できなかった。中途半端な気持ちで引き受けることはできない、重い内容の映画だ。まずは試写会に参加させて欲しいと班監督に頼んだ。そして試写会に出て、「これは上映会をやりたい」と強く思った。

なぜ、そう思ったのか。それは何よりも、20年以上にわたって「慰安婦」と呼ばれた女性たちに関する史実を明らかにしようとしてきた、班監督の地道で真摯な姿勢が映画ににじみ出ていたからだ。女性たちは最初、日本から突然訪ねて来た班監督を怖がっていたという。しかし、班監督は病気で床に伏せ、老いゆく女性たちを病院に連れて行き、身体を楽にさせようとした。治療費は、日本で当時、班監督が居候していた東海寺の住職らの協力を得て、募金を募って確保した。何度も彼女たちを訪ね、彼女たちの苦悩を少しずつ解きほぐすようにして、彼女たちと心を通わせていった。

「慰安婦」と呼ばれた女性たちの多くは生活に困窮し、病気を抱えていた。子どもを持つことができない体になり、養子をもらう人も少なくなかったが、成長した養子は貧しく、育ての親を世話することができなかった。日本軍が湖北省に設けた慰安所で働いていた袁竹林さんは、「日本人の手下だ」と戦後も近所の住民たちに差別を受け、キリスト教に救いを求めるようになった。日本軍の兵士たちに輪姦された山西省盂県の万愛花さんは、「自分は共産党員だからだ」と話した。班監督によると、親が八路軍(日中戦争時に華北地域などで活動した共産党軍)だからといった理由で、懲罰の意味合いを込めて強姦したケースをいくつも確認したという。

万さんは、「私たちの国にも問題があり、国と民間が協力できれば日本政府も拒否できなかったはずだ」と日中政府を批判する。「日中友好」のために、両国政府は苦悩する戦争被害者の声を封じ込めた。民間賠償はタブーとされ、戦争被害者の声を政府に届けようとした中国の活動家は一時期、軟禁状態に置かれた。
私は、映画に登場する女性たちの話を聞きながら、市民が歴史を紡ぐプロセスに参加することの意義を改めて認識した。そして、そのプロセスにおいて、我々はその時々の多数者と少数者の声をどのように拾い上げるべきかを考えた。「太陽がほしい」は、民主主義の在り方を多方面から考える材料を提供してくれる映画であり、次代を担う人たちに見て欲しいと思った。

上映後のトークの時間には、会場から次々に手が挙がった。中国人留学生は、「国交回復のため、援助をもらうために戦争被害者の声を抑えた中国政府にも責任があることわかった」と述べる一方で、「映画に描かれた、2000年代半ばのような靖国参拝の反対派と賛成派の激しいぶつかり合いは、今では見られなくなったのではないか。なぜ反対派の声が静かになったのか。日本社会に変化が生じているのか」と疑問を投げかけた。

「河野談話やアジア女性基金について触れていないのはフェアではない」という声もあった。何をどう見せようとするかによって、映画がとりあげる内容は異なるだろう。外村教授は、「考え続けることが重要だ」と指摘した。フロアから多くの鋭い質問やコメントが出たのは、思考し、議論するための材料として、この映画が機能しているからだと感じた。
「初めて知ることばかりで、衝撃を受けた。彼女たちの声をどのように聞けばよいのでしょうか。戦争を知らない世代であり、日本人であり、女性である私は」と戸惑いを率直に吐露する学生もいた。やはり日本の若者が歴史を学ぶ機会は限られているのかと残念に感じたが、彼女の正直なコメントは、未来に向けて視野を広げ、思考を深めようとする姿勢を表しているとも思った。

班監督は慰安婦問題について、「血が流れている時に処理できなかったため、傷が深く残った状態だ」と表現した。歴史を紡ぐ作業は永遠に終わることはない。何に光を当てるべきか、聞くべき声はどこにあるのかを市民が積極的に考え、提案することで、歴史の描写はより重みを増す。また、「慰安婦」と呼ばれた女性たちの声は、現在も世界で発生している性暴力への警鐘となり、人間の尊厳、人権、人間の罪とは何かを問いかける。そのような問いを共に考えることで、日本と中国はより多くの価値観を共有できるようになり、新たな関係の構築につながるのではないだろうか。

(国際社会科学専攻/中国語)

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