HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報581号(2016年2月 3日)

教養学部報

第581号 外部公開

<送る言葉> ─高塚和夫先生を送る─ 感謝の気持ちを込めて

高橋 聡


高塚和夫先生は1997年に、相関基礎科学系の教授として、名古屋大学から駒場キャンパスに移られました。私は2000年より高塚研究室所属の学生、2007年からは助教として、先生の下で研究をさせていただきましたが、教養学部への入学が1997年なので、駒場の同期として、甚だ僭越ではございますが、高塚先生を送る言葉を書かせていただきます。

先生に関してまず思い出されるのは、研究に対する真剣で厳しい姿勢です。相手が誰であれ、研究を進めるうえでおかしな方向に進みそうなときには、少しの妥協も許さない態度で接して下さいました。学生やスタッフの社会人としての在り方についても同様で、軽率な態度や行動によって周りからの信頼を落とすことのないよう、厳しくご指導いただきました。その厳しさは常に、優しさに支えられ、叱られることがあっても(もちろん叱られる側に理由があるのですが……)、落ち込む暇もないくらいの早さでフォローを入れて下さり、かえって申し訳ない思いをしたことも、一度や二度ではありません。各人の性格や状況に応じて思い切って突き放す場面もあるけれど、いかなる意味でも相手を見限るようなことはありませんでした。

理論研究一筋でありながら、実験研究者の方との交流も広く深く、常に最先端の知識をお持ちでした。そのため研究室セミナーは、私たちにとって試練の場でした。理論・実験にかかわらず、私たちが自身の研究に関連するどのような内容の文献を紹介しても、それらは先生の知識の範囲内にあり、自分の担当が終わるまで、次々と飛んでくる厳しい質問とご指摘に冷や汗をかいたものです。人に発表させるだけではなく、発表担当には先生も必ず含まれており、どんなにお忙しい状況でも、ご自身の研究のアイデアを発表されていました。

ある年のセミナーでただ一度だけ、先生がどのようなスタイルで研究を続けられているか、明文化したものを学生・スタッフに見せてくれたことがあります。渋る先生にお願いをして、誰にも見せないという条件で無理にいただいたそのコピーを、自分自身の姿勢が近視眼的にならないよう、折に触れて読み返すことがあります。幅広いテーマで論文を発表しておられる高塚先生ですが、たまたまその時に興味があった題材だからつまみ食いをしたという内容のものは一つもなく、「分子」を中心として自然の理解を目指していること、その全てが時代の要請を十分に踏まえたものであることがわかります。

研究、教育、学内業務にご多忙な日々の中で、お昼どきの一時間程度、学生・スタッフと一緒に食事をすることを、高塚先生は楽しみにしておられました。日常の出来事やご自身の経験、聞く側が苦笑するほかない駄洒落などの間に、何気なく発せられる言葉を、ふとしたタイミングで思い出し、先生が伝えようとしていたことに、はたと気づくことがあります。さまざまな場面で意図的に、或いは無意識に送られていた先生のメッセージを、私たち教え子が実感を伴って理解するには、まだまだ時間がかかりそうです。その多くを理解することができた(つもりになった)ときにも先生は、おそらく若い研究者に負けず、精力的に研究を続けておられることでしょう。そんな先生にいつか、「いい仕事をしているね」と言ってもらうことが、高塚研究室の門を叩いた教え子たちに共通の、大きな目標の一つなのです。

(相関基礎科学系/化学)

第581号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報