HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報585号(2016年7月 1日)

教養学部報

第585号 外部公開

中国でも「東大授業ライブ」!?

松田良一

金曜日の夕方になると教養学部のキャンパスに熱心な高校生達が集まってくる。教養学部主催「高校生のための金曜特別講座」http://high-school.c.u-tokyo.ac.jp/を聴きに来るためだ。この講座は東大で進行中の研究について高校生向けに分かり易く説明し、進路選択や進学意欲の向上に役立ててもらおうと東大教養学部の教員有志が十四年前に始めた公開講座だ。参加登録や受講料は要らない。現役高校生達に交じって、昔の元高校生達も参加している。すでに三四〇回以上開講され、国内の希望する高校数十校にもネット配信されている。東大生の中にはこの講座を聴講した経験をもつ学生も多くいる。九州でこの講座のネット受講した学生に感想を書いてもらった。

「金曜特別講座は、私が中高時代に大きな影響を受けた経験の一つです。毎回、講座が始まるときに、画面上に次々と各高校の様子が映し出されていくときの独特な高揚感は忘れられません。ネット回線がちゃんとつながっているかどうか東大側から音声が届くと、カメラに向かって両手で大きな丸を作ったりしたのも、良い思い出です。私は中学三年生だったのですが、中高一貫校ということもあって、特別に受講させていただきました。講座が終わった後はいつも不思議な満足感と興奮に包まれていました。講座を通して、何か自分の知らない世界を垣間見た気がしたからです。名前を知らない人はいないような有名進学校の生徒や、逆に聞いたこともない土地にある学校の高校生と肩を並べ、あの東大の先生の講義を聴く、というのは地方の高校生にとってそれほど衝撃的な体験だったのです。私が味わった興奮は、学ぶ楽しみとも呼べるものでした。確かに中三にとっては難しい内容で、ちゃんと理解していたのかと問われれば、そうではありませんでした。しかし、それでも毎回、学問の世界はこんなにも深く、そして、面白いものなのだということを、肌身で感じることができました。また、今になって振り返ってみると、私は金曜特別講座を通じて、研究をするとはどういうことかを具体的に意識するようになったと思います。というのは、講座の中で、ここから先はまだ解明されていない、というような内容があったからです。毎日そのことを研究している東大の先生でさえ、よくわからないことがある。研究をするということは、そのわからないことと向き合うことであり、そしてそれはとても面白いことなのだ。私はそのようなことを無意識に感じとっていたような気がします。私が研究者を目指すようになったのもこのことに少なからず影響を受けています。私にとっての金曜特別講座は、常に新しい世界との接点であり、また、今の自分を作っているピースの一つでもあるのです。」(理科二類二年 高 硕航君。本人の承諾を得て引用)

この講座を聴講できなかった高校生のために、私たちはこの講座の内容を再録した本も刊行してきた(培風館刊 東京大学教養学部編「16歳からの東大冒険講座」全三巻と東大出版会刊 東京大学教養学部編『高校生のための東大授業ライブ』全六巻)。高校生の時、この本を読み、講座にも参加した経験がある学生にも感想を書いてもらった。
「自分が通っていた高校では、各教室の後ろのロッカーの上に、「16歳からの東大冒険講座」が全三巻(当時)並んで置いてありました。校内通信や先生などから紹介され、文理選択をする高校一年生のころから、個々人が休み時間などに興味のある分野を読む姿が見られるようになりました。自分自身も、初めはなんとなく手にとってみたのを覚えています。中身は文理問わず幅広い学問を扱っています。それぞれの分野の教授が、自身の研究内容を、専門用語をあまり使わずにわかりやすくまとめているので、どのようなことを扱う学問なのか、分野の特徴をつかむのに役に立ちました。写真や図も豊富です。進学冊子にあるような漠然とした学問紹介よりも、実際にその研究を行っている教授が書いたものを読む方が、具体的に分野を知ることができました。また、研究内容のみではなく、教授自身の進路選択に関する話をいくらか述べている部分もあり、現在の自分たちと同じように、それぞれ教授も、悩みながら選択して進路決定したのだろうな、と感じたことも覚えています。

また、金曜日の午後に駒場キャンパスで行われる「高校生のための金曜特別講座」にも足を運びました。(中略)講座の最後には質問時間が設けられ、普段の高校の授業ではクラス全体の前で質問や発言をすることがほぼなかった当時、会場の年配の方や積極的な他校の学生が、即座に挙手していたのに驚いた記憶もあります。この回でも、教授自身の経験談を聞くことができ、将来の進路には当時の自分に思いもよらないものがあることを知りました。例えば、大学を卒業後、一度就職したものの、仕事を通じて海外の大学院で本格的に学びたいという欲求が抑えられなくなり、養う家族もいる中、路頭に迷う可能性への不安と闘いながら、退職して自費留学するという決断をしたという教授の話が印象に残っています。」(法学部三年生 柴田和美さん。本人の承諾を得て引用)

とてもうれしいことに、『高校生のための東大授業ライブ』(二〇〇七年刊)の簡体字中国語版が、このほど中国で発売された。これは東大出版会が二〇一三年の北京国際図書展示会に出品したところ、北京の人民邮电出版社が翻訳版の制作を申し出て、教養学部の承諾のもとに完成させたもの。今年中には、さらに『高校生のための東大授業ライブ』純情編と熱血編二冊の中国語版が出る予定だ。

学問に憧れをもつ若者を増やすことの重要性は日本も中国も同じ。学問の力が文化と産業を支え、未来を明るくする(と思いたい)からだ。そのためには初等中等教育の間に学問の面白さを伝える様々な工夫と仕掛けが必要だ。そこに大学の出番があるのではないか。今回の『高校生のための東大授業ライブ』の簡体字中国語版三冊の刊行は、中国にもこのような試みを支持する出版人と読者たちがいるということを示している。とかく摩擦だけが目立つ日中関係であるが、そこに駒場の教員たちによる駒場らしい一石を投じることが出来た。いつか中国の上級中学(日本の高校に相当)に金曜特別講座をネット配信したい。そして中国の大学から日本の高校にも……。

(教養学部社会連携委員長/広域科学/生命)

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