HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報585号(2016年7月 1日)

教養学部報

第585号 外部公開

<時に沿って>着任のご挨拶と「自己」紹介

田辺明生

本年度四月より超域文化科学専攻・文化人類学コースの教員として着任しました。田辺明生と申します。「名前の通り、明るく生きているねぇ」などと言われることもよくあるのですが、そのたびに「いえ、これは生を明(あき)らめるという意味なのです」と、できるだけ渋く答えることにしています。もちろん半分は冗談です。笑っていただける方が気は楽です。名付けてくれたお祖父さんが何を考えていたかは今となってはわかりません。ちゃんと聞いておけばよかったと思います。

さて、ご挨拶の自己紹介をするべきところなのですが、紹介すべき「自己」とは何ぞや、などとわけのわからないことを考えてしまっています。ウパニシャッドの哲人ヤージニャヴァルキヤは妻マイトレーイーとの対話で、自己(アートマン)は、「〜ではない、〜ではない」(ネーティ、ネーティ)というかたちでしか言いあらわしようがないと語りました。真の自己は、この身体でもなく、この心でもありません。もちろん名前なんて意味がないわけです。そんなことを言い始めると、自己紹介することなど不可能なのですが、それでは大学でのおつきあいもできませんね。せっかくご縁あって着任したのに、ではさようなら、というわけにもいきませんので、考え直します。

おつきあいはまず共食からということで言えば、好きな食べ物は麺類、特にうどんです。「わたしはメン食いだからね」と言っては学生たちに失笑とひんしゅくを買っていたのを思い出します。ちなみにこちらに着任する前は京都大学に十八年間勤めておりましたが、異動が決まったとき、「箱根の向こうではオヤジギャグだけは封印してくださいね」と学生たちから心のこもった諫言をもらいました。このせいもあり、大学院時代を過ごして以来、久方ぶりに戻ってきた駒場でやや緊張気味です。どうぞお手柔らかにお願いいたします。

食べ物ついでに言うと、わたしはベジタリアンです。麺類しか食べないわけではなく、バランスよくいろんなものをいただいていますが、肉・魚・卵は食しません。これはインドでヨーガに入門してからこの方二〇年以上の習慣です。ちなみに毎朝瞑想することも日課です。

残念なことに都合よく紙幅も尽きてきましたので、最後に研究のことにも少々触れておきたいと思います。わたしの専門はインドを中心とする南アジアの歴史人類学です。カースト、王権、民主政治、発展径路などいろいろなことに興味をもってきましたが、研究関心の中心には、「人間とは何か」という人類学の問いがあったように思います。人間の特徴のひとつは自己意識がきわめて発達していることでしょう。それで、この私が、この世界が、あるとはどういうことか、を問わざるを得なくなり、そこから「存在」という最大の謎も生まれました。この「存在」との関係において、人間はいかなる生き方をつくってきたのか、このことに最近はもっぱら興味があります。

(超域文化科学/文化人類)
 

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