HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報587号(2016年11月 1日)

教養学部報

第587号 外部公開

<駒場をあとに>駒場への謝辞

荒巻健二

宮澤賢治に「毒もみの好きな署長さん」という童話がある。毒もみとは山椒の皮を使った「毒」で川の魚を一網打尽とするもので、村で厳禁されていたが、隠れて行っていた警察署長さんが発覚して死刑となり首を切られる際「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中なんだ。いよいよこんどは、地獄で毒もみをやるかな。」と笑って言う話である。駒場を離れるに当たりこの話を思い出した。「ああ面白かった」というのが率直な感想である。
色々な業務の中一番時間をかけたのは授業である。前期の大人数講義では毎年「改善充実」を重ねたが、親しい先生に「そんなに一生懸命授業されたら学生にとっても迷惑です」と言われた。そんなはずはないと思ったものの、学生の評価は「充実」とともに逐年低下し、「とにかく取らないことをお勧めする」と言われていると教えてくれる人もいた。

今年の初年次ゼミでは、初回に欠席が何人かいて、事務に尋ねたところ、20人中13人が第一志望、14人目が第九志望、残りは希望も出さなかった者とのこと。ガイダンスには2〜300人いたので私の授業を望んで取る者は5%程度ということのようだ。しかしこの受講生たちとの演習はこの十数年で最高の充実度を示し、「本当に役に立った」と書いてくれる学生がいる一方、駒場で二番目にきつい授業だと言われた。
大学は学生の力を伸ばすところという考えで基本的にスパルタでやってきて、それでも興味を持って食いついてくる学生との時間は楽しく、東大で教える醍醐味を味わった。ただ、今年は最後の年なので、大人数授業について内容を大幅にカットし、学生に発言させつつ経済の生の動きをフォローする時間を抜本的に増やしてみたところ、最終回に思いもよらず学生が拍手をしてくれた。充実するばかりが学生のためだと言うのも思い込みなのかもしれない。
こうした試行錯誤を十数年続けられたのも駒場の持つ教育熱心な雰囲気のおかげであり、よそ者にも関わらず暖かく迎えていただいた駒場の同僚の先生方やサポートしていただいた職員の皆様には心から感謝したい。

離れるに当たり、大学について思うところは多い。日本の大学はこれから益々厳しい時代に入るであろう。国内市場が成熟しダイナミックな発展が国外に見出されるとなれば、学生が大学に求めるものも国外との競争圧力に勝てる能力・資格の獲得となる。そうした教育ニーズに我が国の大学は応えられるのだろうか。
大学の財政基盤の弱体化も気になる。国の財政状況を見れば、国費依存の大学運営が限界にきたことは明らかで、自前の資金が不可欠である。この点では力不足で学内で賛同を得ることができなかったが、研究機能の再生産ができなければ衰退は必定であり、是非駒場が若い研究者の研究・教育の場として発展して行ける財政基盤を開拓して欲しいと思う。

学生達に最後の要望を述べれば、在学中に力をつけ社会で活躍して欲しい。そしていずれは何らかの形で、これまで諸君の成長を支援した(駒場の経費の太宗は税金で賄われている)この国と国民に貢献していただければと思う。
全ての皆さんに有難う。

(国際社会科学/国際社会)
 

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