HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報587号(2016年11月 1日)

教養学部報

第587号 外部公開

出産・育児と教員生活 いつも崖っぷち─働きながらの出産・育児(後編)

渡辺美季

「三年間抱っこし放題」─2013年、首相は女性の活躍を掲げて、最長で男女とも1年半まで取得可能な育児休業を3年間に拡充するよう企業に提案した。3年休めるとどうして女性が活躍できるのか素朴に疑問だが、それよりも何よりも3年も休んだら家計に大打撃ではないか。

収入減と支出増

実は産むまで知らなかったが(汗)、産休・育休中は給料が出ない(多少出る企業もある)。代わりに健康保険や雇用保険から一定の金額が支給されるが、大幅な収入減となる(育休中で概ね五割減)。私は第一・二子とも一ヶ月しか育休を取らなかったが、それでも家計的には結構な痛手だった。
一方で育児は何かと物入りな上、仕事をするとなると、そのための出費がドーンとかかる。保育園の利用料はその代表格だ。認可保育園は世帯収入で保育料が決まり、低年齢児ほど高額である。認可園に準ずるもやや割高な準認可園に通う我が家の一歳・四歳児の場合、きょうだい割引込みで月額総計10万円だ。高額だが、これでも自治体による公費投入により「相当お安くなった」ありがたい金額なのである。しかもこれはあくまでも必要最低経費で、さらに通園経費・シッター代などが続々と出て行く。

子供の病気と預け先

出費とも関わり、それより遙かに辛いのが子供の病気である。保育園は素晴らしい所だ(と私は心底思っている)が、いかんせん感染症の巣窟であり、子供は病気をもらいまくる。それが家族に飛び火する。かくして我が家の毎日は、大当たり続出の「ロシアン・ルーレット」状態である。
特に病気の流行る冬場は深刻だ。例えば昨冬のある夕方、大学にいた私に夫からのSOSがあった。次女の風邪をもらった長女の体調が悪化して一人で二児を見るのは厳しいと言う。やむを得ず夜の会議を欠席して帰宅した私が見たものは、空腹で泣きわめく次女をおぶった夫が、手のひらに長女の大量の吐瀉物をキャッチしている壮絶な光景だった。数日後、夫は長女と同じ症状でダウンし、一週間後には次女を起点にノロ旋風が到来。結局その月姉妹そろって保育園に通えたのは五日間だけだった。

こんな調子では仕事どころではないので、我が家は自治体の病児保育室のヘビーユーザーである。公費補助により安価で(我が市は日額二千円、シッター代一時間分程度だ)、医療・保育のプロ(しかも子供にとっては馴染みのスタッフ)が終日ケアしてくれるという夢のような施設だが、施設・定員とも数が少なく、誰でも確実に利用できるとは限らない(長女誕生時、隣の市には一つもなかった)。たまたま近くにあったから良かったが(それでも満室で予約できないこともある)、この施設がなかったらとても仕事は続けられなかった。住居決定時の自分の脳天気さが今さらながらに恐ろしい(※前編参照)。

育児と仕事の「両立」

かつての私は一日24時間全てを仕事(研究・教育)と自分のために使えたが、今やそれは子供を保育園に預けている平日昼間の約九時間と子供が寝た後の2〜3時間に短縮された。残りは全て育児という別の仕事をしている感がある。仕事が終わるとまた仕事、休日も朝から仕事……もう育児が本業で教員は仮の姿であるような気さえする。

この状況で最も削らざるを得ないのが自己裁量の利く研究時間である(教育の時間は削りようがない)。焦る気持ちも正直あるが、子供の急速な成長と同時にじわじわと研究時間が増えていく実感が常にあり、今のところあまり落ち込まないで済んでいる。

ところで大学教員は時間の融通が利く反面、授業・会議・学会などで育児の時間帯に仕事が食い込むことがしばしばある。これがどう転んでも家族の負担に直結し、この上もなく悩ましい。基本は夫婦で融通するが、育児を担当する側の負担は当然倍増する。夫婦どちらも仕事の場合は深刻だ。「シッターに頼めばいいじゃん」と昔の私は思っていたが、不定期の利用だと毎回同じ人が来るとは限らない。見知らぬ人に世話される子供のストレスをリアルに知ってしまった今となっては、とても気楽には頼めない(しかも高額)。

共働きと育児分担

我が家は夫婦同業ということもあり、育児(+家事・家計)は折半が基本である。とはいえこの分担は意外と外では通用しない。例えば長女の入院時、小児病棟の付き添いは母親限定だった。それでは仕事が回らないので個室に変えてもらい(大出費)、夫婦交替で泊まり込んだが、それでも仕事が回らなくて夜8時の消灯後に唯一明るいトイレで授業準備をしたりした。

小学生の子を持つママ友(大学教員)は「ウチの学校のPTAは実質的には母親限定。共働き家庭が増えているのに母親の負担が大き過ぎる」と嘆いていた。「小一の壁」(保育園終了)、「小四の壁」(学童終了)という言葉もあるように小学校以降の「悩み」はまた大きく変わるらしい。どうなることやら不明だが、とりあえずは無事にそこに突入することを目指したい。

◆厳選お勧め 働きながらのリアル育児エッセイ漫画『ママはテンパリスト』東村アキコ、集英社(抱腹絶倒の内容に半信半疑だったが、産後あまりにも書いてある通りのことが起こり驚愕した)。

(超域文化科学/歴史)
 

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