HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報589号(2017年1月 6日)

教養学部報

第589号 外部公開

出産・子育てと教員生活 ─まだまだ崖っぷち!

広瀬友紀

崖っぷちシリーズ第二弾担当の広瀬友紀と申します。小学一年生の男児を育てながら、心理言語学の研究・英語科目や専門科目担当・学生指導・各種学内業務をこなすべくなりふり構わず生きています。先日、教養学部報586号・587号に掲載された渡辺美季先生の『出産・育児と教員生活 いつも崖っぷち─働きながらの出産・育児(前・後編)』が好評だったのを受け「他にも崖っぷち職員を探せ!」との指令が下ったのでしょうか、早速白羽の矢が立った次第です。自慢じゃないけどシングルマザーですので、「何かあったら即、詰む!」そんなワンオペ・ハイリスク崖っぷちの毎日です。現在駒場で働きながら子供を持つことに不安を感じておられる同胞の方々や、将来仕事と子育て両方に関わるであろう・かもしれない学生さん(男女問わず)に向けて、役に立つかもしれないいくばくかの情報と、応援メッセージを綴らせてください。

小一の壁とは
渡辺先生は未就学児のお子さんを抱えての「保活」経験を伝えて下さいました。今回私への編集部からのお題は「次は小一の壁についても一言」でした。フルタイム就労者の子育てにおいて、「保活」に続くハードルとして、「小一の壁」があると言われています。保育園はカレンダー通り、朝子供を送り届ければ夕方まで安心して預けていられました。だから、直前まで気づきませんでしたよ、「小学生って、夏休みとかあるじゃん!」。さらに、「小学校って十四時ごろ終わるって⁉」。何か手立てがなければ、仕事との両立は不可能、という壁です。
一番のおすすめは、放課後夕方まで、そして長期休みは一日じゅう子供達を預かる「学童保育施設」の利用です。費用も安価、有効な解決策となります。この学童保育に受け入れてもらうことが「小一の壁」突破の鍵です。
私の場合、息子は大学横の区立小学校に通っていますが、この校区では、徒歩圏内に区が委託している学童保育所があり、無事受け入れてもらえました。ですが、住んでいる地域や親の勤務形態によっては学童保育の確保が困難となるケースもあるでしょう。最近は、習い事と一体化した民間の学童保育も充実しています。費用はそれなりにかかってしまいますが。さあここでカネの話。

仕事するのにカネ払う?
子供がいなかった頃の私に言いたいことがあるとしたら…一日二四時間全部自分のものだったらもっと成果出せただろ! …それだけではありません。「どれだけ仕事してもタダ(無料)だったんだよ! ありがたく思えよ!」…つまり…保育園にせよ学童保育にせよお迎えの時間は決まっています。それ以降は、幸い保育園には延長保育というものがありました。が、通常の保育料に加えて料金がかかります。十五分おきにね! 土日は、区のファミリーサポートや、「子育てシェアシステムAs­Mama(http://asmama.jp)」もよく利用しました。これらはリーズナブルな料金とはいえ積もり積もればそれなりの金額になります。
いやはや「仕事をするのにお金を払う」というジレンマをかみしめ続けていると、たちまち人間がセコくなります(笑)。夕方同僚からちょっと打ち合わせや相談を持ってこられたりすると、「カネ払てくれるんかい!」と喉まで出かかります(言いませんけど顔に出ていることでしょう)。論文、研究費など、喉から手が出る思いの「採択」をもらったとたん逆ギレが始まる始末。「当たり前じゃ! ナンボかかったと思てるんじゃ〜(子守代に)!」。一見「不採択」の場合の反応と同じだという不思議! これ以上がんばったら破産するっちゅうねん! …。失礼、興奮してきたのでちょっと話題を変えましょう。

小1カルチャーギャップ
保育園時代は「家に帰ったら食べさせて風呂入れて寝かせる」しか考えなくてよかったのですが、小学校に入ったら親のミッションも増えます。子供の課題や持ち物のチェックという、いかにも「試されてるのは親!」的な任務もげんなりです。入学直後二四本入り色鉛筆の一本一本に名前シールを貼らされながら、クーピーでなく心が折れそうなこともあったっけ。だけど、じき観念して慣れました。毎週持ち帰って洗うことになっている上履きも洗ったふりしてそのまま持たせます(笑)。そのうち子供も心得て、持って帰らなくなりました(だめじゃん!)。
それにしても、(私学はわかりませんが)公立小では欠席時の学校との連絡手段が「近所の同級生の家に連絡帳を届ける」と、超アナログオンリーなのはどうにも勘弁してほしいです。授業では小一からいっちょまえにパソコン触らせてる位なのになぜだ!
さて、小学校なので「お勉強」が始まるわけですが、今の小学校では保護者が監督することが前提となる宿題が当然のようにあります。私の子供時代には、親が子供の宿題に関与するという文化はあまりなかったように思うだけに、最初は「なんで親が⁉」とかなり抵抗がありました。
しかし、自分が心理言語学者だからでしょうか、幼児時代の言葉の観察だけでなく、こうした小学校での学習課題から得られる発見がわんさかあったことは嬉しい驚きでした。間違いだらけの文字やら作文(らしきもの)やら、語句や構文の使い方やら、算数の問題の一見意味不明の解やら私にとってはネタの宝庫。
こんなに面白いもの勿体なくて直せるか! というウハウハな状況です。「こんな楽しい子育て、タダでさせていただいていいの?」(カネの話ばっかりだな!)。

みんなで育ててもらっています
日々思うのは、母子家庭といえ決して私一人なのではなく、周囲の多くの人の手助けによって一緒に子供を育ててもらっているという幸せです。特に、子供が病気になったとき。
息子は幸い本格的に高熱でグッタリ、という出来事は数えるほどでした。(大人しく寝ててくれればこっちは仕事できるんですけどね!)だけど元気なのに発熱で帰されちゃったり登園登校できない時もあるんですよね。そんな時ガキんちょ片手に、おもちゃセットもう片手に、英語部会の事務室に居合わせた人に「たのんます!」と拝み倒して授業に行ったこともありました。海外のお客さんの講演会をセットアップして正門に迎えに行った開口一番「今日はわざわざありがとうございます、ところで息子が手足口病疑惑なのでこれで失礼しなければなりません」なんてことも。病気以外でも、延長保育の申し込みを忘れて同僚のお家で子守してもらったり、ママ友さんや学生さんに遊んでもらったりすることしょっ中です。また、泊まりがけの出張の度に新幹線で数時間かけて叔母に泊まり込みで来てもらうなど、本当に日頃助けて下さっている人達には頭が上がりません。
あとは、他人に預けられ慣れしている息子(これ無茶苦茶重要!)に感謝しつつ、そういう子にした私、グッジョブ! です。

駒場子育て事情
東大で仕事・学業と子育ては両立できるのかしら、と不安に思われている方もおられますよね。駒場の教職員・学生・研究員であれば、保育園の確保については希望を持ってよいと思います。駒場には、大学本部が運営する「むくのき保育園(第二キャンパス)」および、大学が場所を貸与しNPO法人が運営する都の「認証保育園(認可、とは別)」である「東大駒場地区保育所」(教養学部キャンパス)があります。
私の息子は後者の保育園(通称「駒保」)でお世話になりましたのでここは駒保の話を。何と言っても我が子が生活しているのが職場の敷地内というのは大変な安心感、また単純に便利! です。お迎え五分前まで仕事してられますからね。「こども時代にいちばん大事なのは全力で遊びきること」という信念のもと、丈夫な体に…卒園するころには腹筋もパッキリ割れたかんじに仕上げてくれます。
認証保育園の利点は、自治体の定める「ポイント(両親共フルタイム勤務だったら何ポイント、等)」による競争でなく、利用者の入所・継続に際し園の裁量範囲が大きいところです。現在非正規雇用の若手研究者あるいは研究者をめざす大学院生の皆さんの多くにとっては、保育園入所を果たすだけでなく、翌年以降も継続して在籍する、ということが実は高いハードルであると思うので、これはとても重要な点です。
多くの保育園では、最初の入園時点で両親それぞれフルタイム勤務または学生という身分を証明してどうにか入所を果たしても、父母どちらかがその後パートタイムに変わった、任期が切れた、修学年限が過ぎて満期退学となった、という場合には在籍できなくなることもありえます。その点「駒保」は、「受け入れた子供達の成長を継続的に見守る」ことに重きをおいてくれており、「入所時の親の身分が数年間にわたり不変である保証がない」という人達にとって強い味方です。ご自宅が遠い場合は最適な選択肢ではないかもしれませんし、料金も認可園よりはかかりますが、少なくとも駒場で働きながら・学びながらの子育ての道は確実に存在することは知っていただきたいと思います(ただし受入枠はゼロ歳入所児でほぼ埋まります。研究者の多くは早めの現場復帰が必須なのでそうしたニーズとは一致していると思われますが)。
あとは…楽しい子育とはいえ、あえて言えば、飲み会を断るのはやはりツライです。海外からのお客さんを迎えたとき、各種打ち上げや慰労会、学位審査後のお祝いなど、外せない機会もあれば、ただの飲み会も。しかし駒場は素晴らしい。商店街のあるお店E香さん(伏せ字になってない…)では宴の途中で息子を迎えに行き、そこから子連れで宴席に戻り小一時間ほど滞在、というパターンを何度かやりました。大将のお孫さんが同じ年で、たまにお店で会えた時は子供達は大喜びです。それから同じ商店街の別の居酒屋SWYKさんも、「お子さん連れてきてね!」と優しい言葉をかけてくれます。お座敷の形状から、スモークフリーエリアも確保しやすくおすすめです。崖っぷちでも宴会はできる!(ああでもやっぱり子供抜きで飲みたいなあ)

学生さんたちへ
この稿では「子育ては女性だけの仕事ではない」という趣旨のことを書くつもりですが、実際に妊娠・出産でキャリア上のハンデが避けられないのは女性ですよね。仕事に専念、育児に専念といういわばスペシャリストの選択もステキなのと同様、妊娠出産育児にキャリアこれらすべての「全部取り」人生も、皆さん自身あるいはそのパートナーにとってこの先もっと当たり前の選択肢になっていくと思います。何であれ自分(たち)の自己決定権のもとに選んだことという自覚があれば、大変だけどそうそうどん詰まりにはならないと思います…という役に立ちそうもないエールをまずは贈らせてください。
あとは…大学構内の保育所に子供を通わせた立場から申し上げますと、皆さんの勉学の場であるこのキャンパスを、子供たちの成長の場と共存させてくれることに感謝しています。さらに、何千人もの学生さんのうち、ほんの数%でも、成長過程の子供達とその場を共にすることを通して、何かしらの心の糧、智の糧を得てくれるようなことがあればこんな素晴らしいことはありません。(私から言えば心理言語学に興味がある方たちにはお宝の山です。その他の多くの分野でもそうでしょう)残り大部分方にとってはただの迷惑、とならないよう、授業中の教室や図書館の周辺では大きな声を出さないよう、保育士さんはいつも気をつけています。これからも温かく見守ってもらえるとうれしいです。

育児と仕事の両立支援は「男女共同参画」なの?
さて、大学に物言いのひとつも。前述した、教養学部キャンパス敷地内の保育園「駒保」は、まあ驚きませんが「男女共同参画」施設と位置づけられています。あと、最近大学では、「仕事と生活の調和を目指し、公的な会議は十七時以降行わない」との決定がされました。こうした方針は「東京大学 男女共同参画加速のための宣言」の一部をなすものとされています。明文化されていませんが、この問題が議論されるときは決まって「子供のお迎え時間」「仕事と育児の両立」が引き合いにだされます。基本的にはまさにその理由により会議が早く終わるのはありがたい、と思うのですが同時に大きな違和感も感じます。それは、学内保育園の確保にせよ遅い時間の業務の抑制にせよ、「育児の問題を『男女共同参画』と位置づけるのは、ちょっと違うんじゃない?」ということ。だって、裏を返せば「育児と両立可能な勤務環境を実現させることで男女共同参画が可能になる」ってことですよね? 現実世界では育児は女性が担っている場合が多いのでしょうから、そう言ったとて実態とは必ずしもかけ離れていないのかもしれませんが(男性教職員、どしどし反論して!)、最初から「育児に関わるのは女性」という前提を、大学が認めないで欲しいですね。天下の(⁉)東大だったら、ワークライフバランスに男も女もないと考えます、それは「男女共同参画」とは別物ですというポーズだけでもとって欲しかった。今の学生さんが社会に出て活躍する頃には、「男女共同参画? それ関係ある?」とトボけられるくらいの世の中になってほしいものです。一般社会では、雇用に関してはまだトボけられる段階ではないかもしれませんが、東京大学は極めてフェアであることを確信しています。
とはいえさすがに妊娠・出産は別。上はあくまで対外的にカッコ悪いという意味で書きましたが、現在の、子育て介護を含めた諸々の問題の実態に際しては、男女共同参画室という枠組みの力を借りて解決していただくのが現実で、こうした組織の存在はなくてはならないものです。
次は小四の壁、らしい
次に私を待ち構えているのは、学童保育を卒所する「小四の壁」ということか。いやはや壁ばっかりですが今はとにかく目の前の課題をこなすのみ。いやあ、愛情はいくら注いでもタダだし助かります(最後までカネの話だな…)。では、次の崖っぷちさんお待ちしていますね!

*  *  *

日々の子供の言葉の観察が一冊の本になりました。『ちいさい言語学者の冒険─子どもに学ぶことばの秘密』岩波サイエンスライブラリー (近日刊行予定)ご関心があればぜひ手にとっていただけるとうれしいです。

(言語情報科学/英語)

589-4-1.jpg
この解答にはどんな法則性が?
それともただのデタラメ?

第589号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報