HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報590号(2017年2月 1日)

教養学部報

第590号 外部公開

送る言葉 ─小川桂一郎先生を送る─

村田 滋

小川桂一郎先生が駒場を去られる。先生は大学院生として駒場に戻られて以来、駒場一筋に生き、駒場を愛し、真心をもって駒場に尽くされた。その小川先生が三月で駒場を後にされる。定めとはいえ、とても残念でならない。

私は先生と研究分野が近かったことから、学生の頃からしばしば先生と接する機会があった。柔和な表情、穏やかな語り口、けっしておごり高ぶらない振る舞い。ただ者ではない雰囲気をもった方であった。先生のそのようなたたずまいが、学者一家に生まれ、幼い頃から学問や芸術に囲まれて育った者から自然とにじみ出るものであることを知ったのは、ずっと後に、私が駒場で先生の同僚となる機会を得てからのことであった。ちなみに、先生のお父上は反核を貫かれた核物理学者の小川岩雄博士、父方のご祖母は湯川秀樹博士の姉上にあたる。

小川先生は学生諸君に対していつも、“最初は価値を考えずにいろいろなことに興味をもち、これはと思うことがあれば熱中しなさい”と説いておられた。先生の学問や芸術に対する態度も、まさにこれを実践したものであった。先生は有機結晶化学の研究者として、世界に広く知られている。X線結晶解析法という実験手法を駆使して、これまで知られていなかった結晶中の分子の動きをいくつも解明された。特に、ある有機化合物の結晶の色が温度によって可逆的に変化する現象に興味をもたれ、徹底的に研究された。詳細なデータの蓄積によってついに、二種類の異性体の熱的平衡によるものとされていた従来の説明を覆し、蛍光の温度変化に起因することを確立された。私は、教科書に新たな記述を付け加える研究をした人は何人も知っているが、教科書の記述を書き換えるような研究をした人は小川先生しか知らない。

小川先生の芸術、特に音楽への造詣は、趣味の域をはるかに超えたものである。先生の朗々たるテノールの歌声を聴かれた方も少なくないであろう。若くして声楽に興味をもたれた先生は専門家に師事され、その才能は直ちに開花した。東大生の頃、力試しに受験された東京芸大声楽科の実技試験に合格されたのは、本当の話である。駒場での演奏会や講演会、あるいは求めに応じて学会の懇親会でも歌われ、そのたびに称賛を浴びた。そればかりではない。先生は一九七七年のパイプオルガン、二〇〇六年のグランドピアノの駒場キャンパスへの設置にかかわり、それらを管理運営する委員会の中心メンバーとして活躍された。一流演奏家による演奏会を定期的に開催し、学生による教養学部選抜学生コンサートを設立して、音楽の文化を駒場に定着させたことは先生の功績である。

先生は学問と芸術を両立させ、駒場のあるべき姿を身をもって示された。その先生が、長い駒場生活の最後の二年間を学部長として過ごされたことは、単なる巡り合わせとは思えない。改革の嵐の真っただ中で駒場の舵をしっかりと取られ、大きな足跡を残して小川先生が駒場を去られる。小川先生、長い間本当に有り難うございました。

(相関基礎科学/化学)

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