HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報590号(2017年2月 1日)

教養学部報

第590号 外部公開

送る言葉 ─小川桂一郎先生を送る─ 夢の途中

石田 淳

米国映画『マンハッタン』には、ソファに寝そべって、“Why is life worth living?”と自問するウディ・アレンが、“There are certain things that make it worthwhile.”と自答したうえで、その「お気に入り」を列挙する場面がある。この問いへの答えを捜すプロセスが人生ならば、個性派ぞろいの駒場キャンパスでも、小川桂一郎先生をしのぐ人生の達人を私は知らない。というのも、小川先生は、学部長就任後も声楽の個人レッスンを密かに、しかし声高らかにお続けになったのだから。

その小川先生は「演技力の人」ではない。敢えて言えば、駒場の構内になくてはならない「存在感の人」である。何事も《あるがままに》の自然体で通す小川先生は、ご自分の苦悩も内に隠されなかった。隠そうにも、あふれてきてしまうのである。駒場開催の科所長会議では、老朽化した体育施設見学の構内ツアーを組み、自らガイド役を買って出るや、総長以下、本学の要人たちに体育施設の改築・改修が喫緊の課題であることを説かれた─そして、学生自治会が要望していた、体育施設のトイレ、シャワー室等の改修に必要な予算を確保された。また、学部教育の総合的改革が二〇一五年に実施に移されると、改革の現場に新入生を迎え入れる教養学部長として、人生の意味を問う二年間を駒場で過ごす学生のことを誰よりも案じ、改革に綻びが見られるたびに、必要な対応策を矢継ぎ早に放たれた。そして心根の優しさを尺度に人を評価され、信頼を置く人の言葉にはじっと耳を傾けられた。歌う小川先生は、まずは聴く小川先生であった。

小川桂一郎先生の駒場でのステージには幕が下りるが、ひとときの静寂も幕間の休息。ほんの夢の途中である。

(副学部長/国際社会科学/国際関係)
 

第590号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報