HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報590号(2017年2月 1日)

教養学部報

第590号 外部公開

<送る言葉> ─片岡清臣先生を送る─ 片岡先生をおくる言葉

中村 周

片岡清臣先生は、一九七六年に東京大学大学院理学系研究科修士課程を修了され、理学部数学科の助手に就任されました。その後、一九八二年から一九八八年までは東京都立大学の助教授、一九八八年からは東京大学理学部の助教授として活躍され、一九九五年に教授に昇任されました。通算して、東京大学に三四年間在職され、数学の研究の傍ら、数学教育、理学部数学教室、そして数理科学研究科の運営に携わって来られました。

片岡先生の専門は超局所解析学を用いた偏微分方程式の研究です。超局所解析学というのは難しい用語ですが、関数のある点の近くでの性質を調べるのが「局所解析」であるとすれば、ある点の近くでの関数の性質をさらに細かく、その点の近くが全宇宙であるかのように、無限大の顕微鏡で見るように調べるのが「超局所解析」の考え方です。超局所解析学には、佐藤幹夫氏のHyperfunctionを用いる、いわゆる「代数解析学」と、L. Schwartzのdistributionを元にして L. Hörmanderらが発展させた「超局所解析」の二つの流れがあります。名前が示す通り、前者は代数学の手法を前面に押し出した理論で、後者はフーリエ解析や不等式評価のような伝統的な解析学の手法を用いた理論で、同じ偏微分方程式論の研究手法でありながら、見かけ上は全く異なり、相互の交流も活発とは言えない状況です。

片岡先生は、一九八〇年代初頭の歴史的な一連の研究論文において、代数解析学の枠内で、伝統的な解析学の手法である不等式を用いた理論が構成できることを示しました。このような、二つの理論を結びつける手法は極めて独創的で、片岡先生の独擅場と言えます。さらにこの理論を用いて、波動方程式の解の回折現象という、極めてデリケートな問題の解析において、この研究分野を代表する研究者であるJ. SjöstrandやJ. Lebeauなどを驚かせるような定理を証明しました。ある先生から、Sjöstrandが「片岡には対抗できない」と言っていた、というのを伺ったこともあります。その後も、継続的に独創的な研究を続け、多くの優秀な研究者を育てる教育者としても大きな貢献をされています。

このように、片岡先生は研究者、教育者として高く評価され、尊敬される存在なわけですが、私が片岡先生を思うときに最初に浮かぶのは、その謙虚で温厚な笑顔です。トップクラスの学者には、自信、自尊心が強く、やや傲慢な印象を与える人も少なくないのですが、片岡先生は、そのようなところが微塵もありません。ここまで謙虚だと、片岡先生の業績を理解しない人からは軽んじられるのではないか、と心配になるくらいです。同僚教員として片岡先生を拝見していると、指導する学生に対してはいつでも優しく、学生の弱さを責めるのではなく受け入れ、良いところを評価しよう、という姿勢が常に伺えます。片岡先生が世話人をされている解析学火曜セミナーの後で、かつて指導された数学者たちが片岡先生と話をしている光景を見ると、片岡先生を心から慕っていることが、本当によく分かります。

片岡先生は、大学の運営にも労を惜しまず働いて来られて、数理科学研究科の立ち上げ、国際交流の組織づくり、研究科の欧文ジャーナルの編集の改革、などに尽力されましたが、いろいろなご苦労があったとも伺っています。私個人的としても、お世話になるばかりでした。まだまだ若くお元気ですし、これからも、ご趣味のラジコンとともに、数学研究、学会活動などに一層の活躍をされることと思いますが、時間が許せば、古巣の駒場にも遊びにいらしてください。

片岡先生、長い間、本当にありがとうございました。ご健康と、ますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。

(数理科学研究科)

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