HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報590号(2017年2月 1日)

教養学部報

第590号 外部公開

<送る言葉> ─舟木直久先生を送る─ 舟木先生をおくる言葉

佐々田槙子

舟木直久先生は、確率論、中でも統計力学に数学的な基礎づけを与える確率論の諸問題を研究されてきました。統計力学は、原子や分子で構成されたミクロな世界と、我々が日常経験するマクロな世界の物理法則をつなぐ理論を構築することを目指しています。このような理論の背景には、「非常にたくさんの(一見)バラバラな動きをする対象が集まると、全体を統制する法則が現れる」という原理があり、この原理は確率論によって厳密に正当化されます。

日本の確率論研究は、第一回ガウス賞受賞者である伊藤清先生から脈々と続く伝統がありますが、統計力学の基礎づけに関する研究において、舟木先生はまさに日本の先駆者であり、現在も、最前線に立って常に私たち後に続くものを引っ張ってくださっています。舟木先生がこの分野で研究を始められた当時は、そもそも確率論自体が、数学の長い歴史の中では非常に新しい分野であるため研究者も少なく、さらに物理学に動機付けを持つ「応用数学的」な研究テーマについて、批判的な意見もあったと伺っています。そのような中でも、このテーマの面白さに魅せられて、これまでずっと「ミクロな世界とマクロな世界をつなぐ」という大きな目標を変えることなく研究を続けられてきたことが、これまでの数々の研究論文からもはっきりと伝わってきます。

先生が研究を始められた頃は、この分野で最も進んでいたのはソ連や東欧諸国でした。当時は科研費などなく、海外渡航は全部自費だったそうですが、先生は長期滞在も含め多くの国を訪問されており、ベルリンの壁崩壊前のソ連や東欧での、今では想像できないような経験のお話もたびたびお聞きしました。現在でも、文字通り世界中に親しい研究者がいらっしゃり、常に各地からの招待に応えて、定年を迎えられるとはとても信じられない体力で、頻繁に海外出張に出かけられています。

こうして先生が道を切り拓いてこられた統計力学に関連する分野は、現在では日本の確率論において中心的なテーマの一つとなり、多くの有力な研究者が集まっています。舟木先生のもとで博士号を取得した学生も、今年度修了見込みの学生を含めると十七名にのぼります。これは、先生が追求されてきた目標が非常に魅力的であり、また、それを後輩や学生に見事に伝えてこられたことを如実に示しています。

舟木先生は研究者としてこれだけ精力的に活躍されている一方で、研究集会の運営や大学・学会等の役職といった仕事も完璧にこなされ、時々本当に生身の人間なのか、と思ってしまうほどです。数理科学研究科の専攻長や日本数学会の理事等数々の役職をこなされ、四年前からの二年間は、日本数学会理事長という重責を果たされました。さすがに当時は、とにかく忙しい、解放されるのが待ち遠しい、と口ではおっしゃっていましたが、それでもメールの返信はいつも通り素早く的確であり、部屋にちょっとしたご相談に伺っても嫌な顔ひとつせず、いつもと変わらぬ涼しい顔をされていたのが印象的です。数理科学研究科のある先生は「舟木先生は何を頼んでも断らず完璧にやってくださる。だから、どうでもいいことは頼まない。ここぞという時の切り札なんです。」とおっしゃっていました。これからは切り札なしで大丈夫なのか、心もとない気持ちもありますが、少なくとも研究に関してはまだまだこれからも後に続く私達を引っ張り続けてくださると確信していますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(数理科学研究科)
 

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