HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報591号(2017年5月 2日)

教養学部報

第591号 外部公開

個人の選択と社会の期待

教養学部長 石田 淳

591-01-2.jpg東京大学に入学を認められた新入生は、大学生活の前半二年間を駒場Ⅰキャンパスにある教養学部の一員として過ごすことになります。この春、教養学部の新人となるみなさんに、学部を代表して歓迎のことばを申し上げるとともに、この機会に、大学に対する社会の期待についてもみなさんの注意を喚起しておきたいと思います。

みなさんを迎え入れる前期課程教育とはどのようなものなのかを理解するためには、来年の夏の選択を想像してみるのが何よりです。前期課程を修了して後期課程に進学するには、二年次の夏休みに実施される「進学選択」の時期までに、自分の関心や適性に照らして進学先について志望登録する用意ができていなければなりません。東京大学は、高校卒業・大学入学段階の限られた知識・情報や先入観を頼りに学生がその進学先を選択するのは適切ではないと考えて、前期課程教育を通じて十分に見識を広げて、断片的な知見を関連づけるとともに、的確な判断力を養ったうえで志望先を選択する体制を整えています。後期課程のみならず、さらにその後の進路について、「自分の将来にはどのような選択肢があるのか」という問いに悩むことができるのは、長い未来を持つみなさんの特権です。この特権を軽々に放棄する手はありません。後悔しない選択をするために、前期課程に在籍している間に意欲的に幅広く学んでみてください。学問を通じて人間が解こうと取り組んでいる問いは実にさまざまです。人間の知的活動の奥行きと広がりを、駒場キャンパスで実感してもらいたいと思います。

このように、前期課程においてご自分の将来について考えを巡らせてほしいのですが、それと同時に、大学が生み出す知見に対する社会からの期待についても十分に自覚してもらいたいと思います。

社会からの期待について考えるうえで参考になるのが、本学の財務状況です。これは、東大のウェブサイトにおいて情報公開していますから、ご自分の目で是非ご確認ください。たとえば、みなさんが負担される授業料・入学金等の総額は直近では約一六〇億円、これに対して教職員の人件費の総額は約九六〇億円ですから、後者は前者を大きく上回っています。大学は、単に、みなさんが個人的に負担する授業料に見合った教育サーヴィスを提供するだけの組織ではありません。

大学における教育・研究事業を可能にするものとして、大学にとっての自己収入(授業料・入学金等等)以上に大きな位置を占めるのが国費と外部資金(受託研究や寄附金等)にほかなりません。社会からの期待なしには、大学における教育・研究は成り立たないというのはこの意味においてです。それゆえに、みなさんが労働市場に参入する(卒業にあたって就職活動を行う)際のご自分の価値を高めることだけに専心して大学生活を送っては、この期待を裏切ることになろうかと思います。

大学は、研究活動を通じて、人間社会が直面するさまざまな困難を解決し、できることならばそれを未然に回避するような学術情報(自然・社会科学や人文知)を広く社会に還元するとともに、その教育活動を通じて、研究活動の知的成果の意味を正確に理解できる人材を養成するという使命を帯びています。

そのためにも、みなさんにはグローバル化する社会の課題に果敢に挑み、それを解決できる知性に育ってもらいたいと思います。グローバル人材とは、出迎えに出た交渉相手とハグできるとか、月並みな外国語表現を流暢に使いこなせるとか言った人材ではありません。グローバルに通用する論理的思考を明確に言語化する能力を持ち、対話相手の背後にある価値観に対する感受性と想像力をそなえた人材です。自分と同じ年月日に、しかし地球上の別の地点で誕生した若者と対話する場面を思い浮かべてください。その対話相手と、人間として共感しあうことができるようなコミュニケーション能力をみなさんはお持ちですか。豊かな人生を送るには豊かなボキャブラリーと想像力を身につけることです。

また、視野を大きく広げて、社会が直面する複数の問題が互いにどのように関連しているのかを意識することも大切です。なぜなら、視野が限られていては、一つの問題の解決を意図する試みが、他の問題の発生につながることに気付かないからです。たとえば、現世代の問題の解決を意図するのであれば、次世代に「負の遺産」を残してもよいというものではありません。このことは、エネルギー供給から社会保障に至るまで、持続可能性が問われる問題について考えてみれば明らかでしょう。政治家が現在の有権者の意向に縛られるのは仕方ないかもしれませんが、学問をするものが近視眼的ではその見識を問われることになります。

最後に、以下のことを強調して、みなさんへの歓迎のことばを結びたいと思います。
性別を問わず、国籍を問わず、障がいの有無を問わず、本学において学生生活を送ったみなさんが、周囲からその見識と判断力とを信頼される人材として、日本社会のみならず国際社会を牽引する存在となることを、心から願っております。

(総合文化研究科長/教養学部長)

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