HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報592号(2017年5月 2日)

教養学部報

第592号 外部公開

家賃補助は女性優遇か?

四本裕子

「女性は優遇されていていいよね。」「あなたは女性だから〜に選ばれたのだよね。」という言葉を面と向かって言われたり、または陰口として言われたりした経験を持つ女性教員は少なくないはずだ。理系学部の教員である私自身は、さすがに最近は減ったものの、幾度となくこれを経験しているし、そのたびに私の心の中のデスノートのリストが増えている。

昨年十一月、東京大学が、女子学生へ月三万円の家賃補助の制度を始めると発表された。平成二十二年に女子寮であった白金寮が廃寮されて以降、代替の寮がなかったという問題や、各地方自治体の県人寮は男子限定のものが多いということが知られていれば、当然の制度として受け止められたのであろうが、「女子学生限定」の部分ばかりが注目されて、大きな話題となった。ニュースのコメント欄やSNSでの反応を興味深く読んだ。

まずは、制度に対する批判が殺到した。主に「男子差別だ」というものである。東大の関係部署にも批判の電話が多くかかったと聞いた。しばらくすると、批判は収束し、東大におけるジェンダー問題についての議論が広がった。「女子だけ優遇されるべきでない」と主張する人たちは、男女平等に扱われるべきだ、という考えに基づいて批判している一方で、「女子学生への家賃補助はよい制度だ」と主張する人たちは、そもそも進学機会が平等でない、という考えを持っているようだ。この進学機会の平等性についての意見が、賛否への分かれ道であったようだ。

東大入学者のうち多くを占めるのは、都会の中高一貫の私立高校出身である。彼らにとっては、東大進学という選択肢が身近なものであり、中学高校時代の友人ともその価値観を共有している。東大受験が当たり前の選択肢だった彼らにとっては、東大進学の機会は、すべての人に平等に与えられているように見えるに違いない。

私自身は宮崎県の県立高校の出身であるが、三姉妹全員が、高校卒業と同時に実家を出て県外の大学に通学した。県外への大学進学は当然のことだという家庭で育ち、高校も県内随一の進学校から東大へ入学した。留学や海外赴任のため、姉妹三人全員が海外に住んでいるという時期もあった。両親はその環境をあたりまえに受け入れていたので、地方の中でもかなり特殊な家庭だったのだと思う。しかしながら、(そして恥ずかしながら)、当時の私は、進学機会は誰しもが平等に持っているものだと思っていた。「お金がないなら奨学金を使えばいい」「自分の学歴は自分の努力で手に入れたものだ」と考えていた。

「女子は家を出てまで大学に進学する必要はない。」「女子は浪人しないほうがいい。」「子供全員を自宅から離れた大学に入れる経済力はないから、女子のあなたは家から通える大学にしてほしい。」という話が地方の家庭では珍しくないということを、実感を持って理解できたのは、自分が東大教員になって進学機会について客観的に考えるようになってからであった。性別に限らず、大学進学の機会は、日本に住む若者が等しく持っているわけではない。そして、アカデミアに身を置いての年月が経つにつれ、アカデミアにおけるジェンダーステレオタイプの影響が、いかに根深いものかを思い知らされている。

最近、ある委員として東大の女子学生を対象としたプログラムに関わった際に、担当者から送られてきたポスターがピンク色で、レースとハートの模様が散りばめられていてギョッとしたことがある。女子学生の学習促進のプログラムであるのに、強烈なジェンダーステレオタイプが明らかなのを、残念に思った。学生の活動でも、東大の女子学生が加入することが許されていないサークルも未だにあるなど、恥ずかしすぎて大きな声では言えない差別も未だに学内でまかり通っている(この差別について、サークル活動の学生自治を重んじて教員から口出ししないという伝統があるようだが、これもそろそろ限界ではないだろうか? 少なくとも、各団体は差別の理由の説明を公開する義務があると思う)。

このようなジェンダー差別やジェンダーステレオタイプが女性の社会進出に及ぼす影響の根は深い。東大には女子学生が少ないのも、少なからずその影響だと思う。男女同数が受験して、結果として男女比が偏っているわけではなく、そもそも、東大を受験する女子学生が少ない。その対策は、国外の競合する諸大学と比べても遅れている。大学のレベルを維持するためにも、喫緊の課題である。

ではその問題をどう解決するか? と考えてみる。女子だけハードルを下げて、入学しやすくする。すると、冒頭で述べたような「本当はできないのに、女子だから優遇されたのでしょう?」という反応を招き、少数派としてキャリアを築きつつある女性にネガティブに影響する。さらに、すでにある程度のキャリアを確立している私のような立場の人間がその制度に反対すると、「女の敵は女」と批判される。かといって、何もしないままでは、永遠に男女共同参画は実現できないだろう。

そんな中で、「入口のハードルは男女同じ高さにしておいて、でも、その入口を目指す人のモチベーションを高めるとともに、ハードルを越えた後のサポートを手厚くする」というのが、今回の家賃補助なのだと思う。どんなに必死で働いて成果を上げても、「女性は優遇されてるよね。」という言葉をぶつけられてきた私には、東京大学の女子学生を増やすための『最適解』の制度だと思える。来年度の新入生から適用される制度なので、その効果が結果として見えるには数年かかるだろう。でも私は、自分が働く東京大学という組織がこの制度を導入したことを心から嬉しく思っているし、関係部署の担当者の皆様方には、感謝の思いでいっぱいだ。数年後に、東大を受験する女子学生の割合が増え、結果として女子東大生の割合が増え、東京大学で学業に向き合う女子学生が増えることを、心から願っている。

(生命環境科学/心理)

第592号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報