HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報592号(2017年5月 2日)

教養学部報

第592号 外部公開

「人間の安全保障」プログラムとソマリアと─猪木正道賞(正賞)受賞に寄せて─

遠藤 貢

昨年末、思いもかけず拙著『崩壊国家と国際安全保障─ソマリアにみる新たな国家像の誕生』(有斐閣、二〇一五年)が第二回猪木正道賞(正賞)を賜ることとなった。本受賞に関しては、いささかの驚きとともに、本書が安全保障並びに国際平和に関する分野において一定の貢献となると評価頂いたことに対しては、素直に喜びをもって受け止めた次第である。選考において、「日本において蓄積されてきた地域研究の知見と、安全保障上の焦眉の課題の一つである国家崩壊現象に対する理論的分析を結びつけた」点に評価をいただいたことは、小職がこれまで幾分なりとも意識して取り組んできたことでもあり、今後の研究の励みとしたいというように考えている。

本書が上梓されるに至った重要な契機としては、本研究科に二〇〇四年度に発足した大学院の教育プログラムである「人間の安全保障」プログラム(HSP)の存在がある。このプログラムのカリキュラムの中の一科目「紛争と和解、共生」を担当しながら、発足年度に学生と読み進めた論文集で扱われていた、ソマリアやソマリランドといった、アフリカ研究者でありながら(アフリカ南部の軸足を置いていたので)これまで正面から扱ったことの無かった地域の問題を、一から勉強してみようかと思うようになった。とはいえ、駒場においては、時間的には余裕のある学生とは異なり、このテーマを集中的に研究するという時間をとることもままならず、こうした形でまとめるまでに、十年以上の時間が経過してしまった。本書は、この十年ほどの間に、折に触れソマリアに関するテーマで執筆する機会があったいくつかの論考に加え、この間に新たにこの地域をめぐって問題化されてきたソマリア沖海賊問題や、暴力的過激主義の一グループ(いわゆるテロ組織)としてのアッシャバーブの台頭などの問題への考察もあわせる形でまとめたものであった。

小生が研究成果をまとめる作業にもたついている間に、小生の書き物などからもソマリランドへの関心を持たれ、ソマリランドならびに、ソマリアの他の地域への訪問前(後)に何度か話をする機会があった作家の高野秀行さんが、一気呵成に著わした『謎の独立国家ソマリランド─そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の雑誌社、二〇一三年)が評判になった。二〇一五年には続編として『恋するソマリア』(集英社)も著わされた。(『謎の独立国家ソマリランド』の中には、小職が一瞬出てくるために)同僚や学生などからもこの本をきっかけにソマリランドについて話しかけられる機会などもあり、日本でソマリランドの存在やソマリアの現状などが少しは認知され、喜ばしいこととは思った。しかし、他方において、学術的にきちんとした形でソマリアやソマリランドが二十一世紀の現代世界や国際関係論の研究領域に提起する課題をまとめておく必要を覚えたことも確かであった。幸いにも出版社の有斐閣は本書の企画に好意的に応じてくれた。

発足から「一回り以上」を経たHSPは幸いにも駒場における「老舗の」大学院プログラムとして生き残っている。大学院プログラムとしては永続的に運営する必要があるものの、「人間の安全保障」という看板がいつまでの耐用性を有しているのかに関しては、当初はそれほど明るい見通しがあったというわけでもなかった。しかし、入学し、そして卒業していった学生と、本プログラムに献身的に関わって頂いた教職員との間に形成されてきた「雰囲気」によって、不思議とHSPはその命を与え続けられているようにも思われる。新たに二名の新任教員を得て(阪本拓人先生、キハラハント愛先生)、また新たなカリキュラム編成のもと(開発、平和、人権の三本柱)、さらにプログラムとして意義ある研究教育の場を提供していくことが出来ればと考えている。駒場のみなさま、どうぞお見知りおきを。

(国際社会科学/国際関係)
 

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