HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報593号(2017年6月 1日)

教養学部報

第593号 外部公開

<時に沿って>まかれた「種」

鴻野知暁

私は東京大学に理科一類で入学し、理学部数学科に進学、大学院は言語情報科学専攻と、人生の半分近くを駒場通いで過ごしてきた。それなりの「駒場っ子」と言えようか。駒場通いという点は変わらないものの、私の専門分野は数学から言語学へと転じたので、そのあたりの事情からお話ししたい。

私はもともと文法というものに興味があり、高校生のころ池上嘉彦先生の『「英文法」を考える』や、同先生らの訳されたグリーンバウム『現代英語文法』などを読んでいた(理解していたかは別だが)。大学入学後も意識して言語学関連の授業を取っていたのだが、とりわけ野村剛史先生の古代日本語文法の授業に強く影響を受けた。私が一年生のときに取った先生の授業は、「助詞のノとガ」を論じたもので、高校を出たての青年は、これほどシンプルなテーマが半期をかけて扱われることにまず驚いた。実際に授業を受けると、先生の御論が緻密に、そして生き生きと展開していくのを目の当たりにするようで、毎週毎週が本当に楽しみであった。この経験が、私の知的好奇心にまかれた「種」である。

入学したときは天文学か物理学の道に進みたいと思っていたが、進学振分けでは数学科に決めた。整然とした論理、一貫した体系への志向が強かったのだろうか。言語学の文法論も、その奥に通底する論理性が好きだったのだろう。

さて、大学院進学を考える段になって、野村先生が所属されている言語情報科学専攻とはどんなところだろうと気になった。調べてみると、当時の同専攻には、御著書を通して私淑していた藤井貞和先生がいらっしゃった。さらに、池上嘉彦先生のご専門であった認知言語学が学べるということもあり、これら三本の糸にたぐり寄せられるようにして同専攻への出願を決めたのであった。当時はそれなりに悩み、迷いもしたのだろうが、「とにかく一生懸命やれば何か得られるはずだ」と楽観的に、希望を持って進んでいった。

結局、大学二年生のときに野村先生から教わった「係り結び」をテーマとして博士論文を書いたのだから、執着心だけは強いと、我ながら思う。先生からまかれた「種」は「若葉」くらいにはなったのであろうか。こうして改めて振り返ると、本そして先生方との出会いが私の人生に大きく関わっていた。感謝で一杯である。

長い大学院時代を暮らしていた駒場キャンパスであるが、季節感に富んでいることが研究生活の癒しの一つであった。数理科学研究科棟近くの香り豊かな梅林、テニスコート側の桜、そして新緑と、その移り変わりは毎年見ても飽きない。新入生が入学してからキャンパス全体の雰囲気が活気づいてくるのも大好きである。大学院を出てからも、ここに来るたびに、いつも変わらぬ駒場はいいものだ、と懐かしく感じていた。この四月から助教として着任するが、学生の皆さんから元気をもらい、自分の入学の時の新鮮な気持ちを思い出して、仕事を楽しもうと思っている。

(言語情報科学/英語)

第593号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報