HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報595号(2017年10月 2日)

教養学部報

第595号 外部公開

『マタハラの原点!─ジェンダー問題と長時間労働を考える─』 トークショーを終えて

坂口菊恵

私は今年六月より「マタハラNet」というマタハラ(マタニティー・ハラスメント)被害者からの相談対応や、啓発活動を行っているNPOに理事の一人として参加させていただいています。そのご縁で六月二十四日に駒場でトークショーを開催しましたので、雑感を交えてレポートしてみたいと思います。

就労と生活時間とのバランスを取ることが少子化対策や生産性向上、ひいてはGDPや人々の幸福感の向上のために不可欠であることは、近年主要な報道などでも多く取り上げられており、目にする機会が多いと思います。ただし、税収を増やすために何が何でも子どもの数を増やせばよい、という問題ではありません。昔の生活スタイルや価値観に戻せばよいという単純な話でしたら、多産多死の時代のように、子どもには大して教育を受けさせず、労働力として期待するような社会を皆で目指せばよいということになるでしょう。しかし人はそれぞれの幸せを追求しようとしますし、生まれた環境や性別で本人の希望にかかわらず進路が決められてしまうような社会はイヤなので、いろいろ工夫しようとするわけです。

労働人口の半減による社会体制の激変を目前に控えている日本はいま、将来の人口減少をできるだけ小さく抑えられるどうかの瀬戸際にいます。最後の人口ボリュームゾーンである第二次ベビーブーマー世代の女性が、そろそろ子どもを産めなくなるからです。しかしながらそのような状況においてもなお、妊娠や出産は必ずしも歓迎されてはおらず、子どもを持つことを切望していたとしても妊娠と就業のいずれかを選択せざるをえない状況にある人たちが多くいます。家族を持つことへの風当たりの端的な表れが就労中の妊産婦に対して向けられる「マタハラ」です。マタハラ被害者に寄り添いマタハラNetの創設から支援して下さった弁護士の圷由美子さん、日本を代表するダイバーシティコンサルタントの渥美由喜さん、厚生労働省で女性活躍推進法の制定、マタハラ防止措置義務の創設、非正規雇用労働者の「同一労働同一賃金」待遇実現に向けて尽力されてきた河村のり子さんという第一人者の方々に、これまでのマタハラ防止のための取り組みを振り返りつつ、今後の展望をお話しいただきました。

トークショーはマタハラ理解度セルフチェックに参加者全員で取り組むことから始まりました。妊産婦の意向を確認せずに職分を制限すること、あるいは配慮の要請を無視すること、プライバシーを侵害することはマタハラにつながります。参加者は実際に被害を受けられていた方やこうした問題に関心の高い人たちであったため、ほとんどの問いに「正解」をした方が多かったようです。しかしながら妊娠・出産は非常にセンシティブな問題であり、世代による常識も大きく違います。日常的な場面でこうした配慮が浸透するためには、性別や世代を問わず、性や生殖に関する基礎的な知識やコミュニケーション法を学ぶ機会を十分に設けることが必要になるでしょう。組織のパワーバランスに起因するもののみならず、家族内や友人間でも「マタハラ」に類するものはしばしば起こっていそうです。

日本において妊娠・出産をする労働者がリスクと捉えられる主要因の一つとして、職能や労働生産性よりも画一的な長時間労働をすることが良しとされる組織風土が指摘されます。このような慣行を放置すれば優秀な人材の流出につながりますし、管理側に環境の変化に柔軟に対応して成果を上げるためのマネジメント能力が欠けることが露呈されます。講演者の方々は労働や時間の価値に対する古い常識を打ち破るべく、実体験に基づき実効性のある取り組みを行ってきており、質疑応答に対しても具体的な提案がなされました。

トークショーで今回あまり触れられなかった問題として、若者の低賃金化による結婚困難とそれに起因する価値観の分断や、日本特有の「自宅に帰りたくない」労働者の多さも指摘したいと思います。パートナーが欲しくてもそのような余裕がない人たちにとっては子育てとの両立など贅沢な悩みに思われるでしょうし、仕事を定時に切り上げたとしても残業代は減るし、することがなく困ってしまいます。子育て家庭のみならず、あらゆる立場の人がプライベートも充実して楽しんで仕事に取り組めるように、意識と制度の改革が必要です。「プライベート」は趣味に限らず、仕事に役立つ勉強をすることでも、社会活動でも、可能な場合は副業でもよいのです。ワーク・ライフ・バランス推進に成功している国では子どもの頃から、プライベートを大切にして楽しめるように余暇の有意義な使い方についてもトレーニングされるそうです。皆さんも学生時代を活かし、目前の学業や仕事の達成に限らない価値のタネを探してみてはいかがでしょうか。

◆マタハラNet公式ウェブサイト(http://www.mataharanet.org/)のトップページ「ニュース」より、トークショー開催報告や参加者の感想をご覧いただけます。

(教養教育高度化機構)

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