HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報596号(2017年12月 1日)

教養学部報

第596号 外部公開

送る言葉「後藤則行先生を送る」

中西 徹

先生との出会いは、まだ私が本郷にいた頃のある会合だったと記憶しています。少々気取ったサングラスをおかけになっていた頃です。一言二言、ことばを交わしただけの当時の私には、四半世紀後に、送る言葉を学部報に寄稿することになるとは思いもよりませんでした。しかし、私が駒場に移ってからは、学内外で、先生にはたいへんお世話なりました。

後藤先生は、早くから、動学モデルにもとづいたCO2規制についての最先端の優れたご研究を次々に発表してこられ、日本の環境政策に多大な貢献をされました。そして、私自身も日頃から、環境経済学や数理経済学について、多くのご教示をいただいてきました。先生は、本学工学博士の理系出自の経済学者であり、同じ経済を専攻しているといっても、根っからの文系畑の私にとって、先生の異次元の豊かな発想は学びの場でした。とくに、貧困と環境について勉強をし始めた頃、先生には多くの有益なコメントをいただきました。

そして、先生の魅力は、なんといっても、泰然とした様子とそのお人柄にあります。年齢や社会的地位といった先入観で相手をみることは決してありません。常に相手を理解するために、ただただ冷静に「人間」をみつめていらっしゃいます。ご一緒させていただいたウズベキスタンやイタリアでの研修の折、宗教や農業について、私のような気の弱い者ではできない、しかし、誰もが知りたい問題を、いつものように真中直球で初対面の相手に質問される。相手は虚を突かれ、戸惑いの表情を見せるのですが、やがては先生の包容力のある微笑みでのご対応に「許し」を出してしまうという、じつに不思議な光景に幾度も遭遇しました。フィールド調査の極意だと感嘆すると同時に、先生の素晴らしいお人柄に接することができたことにあらためて感謝申し上げます。

このように温和な先生が時として強い口調になるのは、院生の指導の際などで、能力があるにもかかわらず、安易に仕上げた論文に接したときでした。とはいえ、先生の真っ直ぐなご性格と学問的な厳格さを反映した厳しい指導は、常に相手の向上心を促すものでした。とくに先生ご自身の留学のご経験から、多くの留学生に懇切丁寧に接していらしたことは印象的です。

先生のお人柄といえば、エレベータ隣の先生の研究室を、私の終業後の格好の「隠れ家」にしていただいたご恩は決して忘れません。岡檀著『生き心地の良い町』によれば、スナックの多い街には多くの幸せがあるそうです。私のような者が何とかやってこられたのも、「誰の心も開き、酒という酒はことごとく流れ出た宴」のごときオアシスを提供してくれた「スナック・ゴトウ」のおかげと心から感謝申し上げます。もちろん、スナックといっても、駒場ですからノン・アルコールで、私の脈絡のない凡庸な質問に付き合っていただくだけです。イェールのノードハウス先生や故トービン先生の為人や最適制御理論の話が、利己的な遺伝子の話題となり、グレン・グールドの唸り声に変貌し、……、最後は、定番、競馬と確率の理論で終わる。こうして私は多くの研究のヒントを先生から頂いてきました。ただ、告白すれば、学部講義でrisk loverの説明のとき、本当はhorse loverである先生のお名前を、いつも出してしまいます。ご無礼をお許しください。

さいごになりましたが、これからもくれぐれもご自愛くださり、ますますのご活躍と後藤環境経済哲学の完成を心より祈念しております。

(国際社会科学/経済・統計)

第596号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報