HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報596号(2017年12月 1日)

教養学部報

第596号 外部公開

駒場をあとに「新星から超新星へ」

蜂巣 泉

少年の頃、宇宙の研究をしたいと思った。地上では決して発見できない現象を見つけて、科学の新しい分野を開拓できたらいいなと夢想した。そこで大学は天文学科に進み、大学院は天文学専攻に入った。最初に就職したのは京都大学の航空工学教室で、そこで流体力学の知識をたたき込まれた。十年経ったころ、縁があって教養学部の宇宙地球科学部会に移った。一九九二年のことである。杉本大一郎先生たちのグループが開発していた重力多体問題専用計算機GRAPEを使って、流体力学の計算を加速することなどを期待されたのである。
専用計算機の流体力学への応用に目処がたった一九九四年ころ、慶応大学の加藤万里子さんと新星についての共同研究をはじめた。新星は白色矮星という古い星に関した天体である。連星系の白色矮星に相手の星からガスが降ってきて、表面で水素の核融合反応がおこるため明るくなる。表面が大きくふくらみ、ガスは飛びちる(質量放出)。新星が暗くなる様子(光度曲線)は、新星ごとにさまざまで、減光が速いものから遅いものまで種々多様である。ところが理論的には新星の光度曲線を説明することができなかった。

ちょうどそのころ星の内部構造にとって重要な物理量である吸収係数(ガスの不透明度)がスーパーコンピューターで再計算され、恒星の脈動など、未解決として残された問題が解決できることがわかった。そこでさっそく加藤さんの数値計算コードに新しい吸収係数をとりいれると、新星の光度曲線をうまく計算できることがわかった。これまで世界の誰もが計算できなかったさまざまなタイプの新星の光度曲線が、きれいに再現できるようになったのである。理論家として、目の前に手つかずの新天地がひらけたことはとても幸運だったと思っている。さっそく新星の光度曲線を次々と計算して論文を書いた。この新しい質量放出理論を私たちは新星風理論と名づけた。

この理論はうまくいくと確信していた私たちであったが、最初のうちはバトルの連続であった。この計算方法が標準的な計算方法(進化計算)とは違っていたため(定常解系列)、理解されなかったこともある。投稿する論文は片端からリジェクトされ、理不尽なレフェリーコメントに反論するために、長大な反論を書いて、次々とレフェリーを論破していった。実は標準的な計算方法よりこちらの方が近似がよいのだと理解してもらうまでに実に十年以上もかかったのである。

わたしたちの理論により、新星の減光の速さが白色矮星の質量に大きく依存することがわかった(重いと減光が速い)。理論と観測を比較することで、爆発する白色矮星の質量や、爆発するまでにたまったガスの量が分かる。かたっぱしから新星の光度曲線を計算し、連星系のパラメータを決めてきた。じつは新星の光度曲線を計算できるのは、いまだに世界で私たちだけである。白色矮星の質量が重いものから軽いものまで、この二十年間に次々といろいろなタイプの新星について論文を書き、統一的に筋のとおった研究ができたと自負している。

新星風理論を、白色矮星を含む連星系の進化に応用してみようと思いついたのは、一九九六年ころだった。Ia型超新星は連星系の白色矮星全体が爆発する現象で、非常に明るくなる。Ia型超新星が重要なのは、光度曲線の絶対等級が分かっているので、距離の指標となるからである。このIa型超新星を使って、宇宙の加速膨張を発見(一九九九年)した観測家にノーベル物理学賞が与えられた。しかし、白色矮星がどのようにしてIa型超新星爆発を起こすのかについては、まだ決着がついていない。

新星の研究をする中で、私が新しく思いついたアイディアは、連星系の進化の基本原理として、新星風を組み込むことだった。当時の常識では、連星系中のガスのやりとりの途中で連星系からガスが飛び出してしまい、連星系はつぶれて二重白色矮星になるが、新星風が持ち去る軌道角運動量を考慮すれば、白色矮星は水素を表面で燃やしながら、ゆっくり、その質量をふやしていく。その結果、チャンドラセカール限界質量まで成長すると、中心の炭素核燃焼に着火し、Ia型超新星として爆発する。この論文を発表してすぐに、オランダの著明な天文理論家のファン・デン・ホイベルが「連星進化理論におけるブレーク・スルー」だと評価してくれた。新星風理論の方は世界の趨勢に逆らったためか、バトルの連続だったので、この素直な評価は嬉しかった。私が提案したIa型超新星へのみちすじは、現在ではスタンダードな理論として広く受け入れられている。

駒場に来てからの私の研究は、最初は、新星という地味な分野の研究からはじめたが、Ia型超新星の進化経路の解明にまでつながった。少年時代の夢はまだ実現していないが、頭脳が明晰なうちは今後も研究を続けていきたい。

(広域システム科学/宇宙地球)


 

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