HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報596号(2017年12月 1日)

教養学部報

第596号 外部公開

送る言葉「尾中篤先生を送る」

増井洋一

大学院修士課程を受験するのに先立ち、尾中先生の教授室をノックして以来、学生、そして助教として十数年間、ご指導ご鞭撻をいただきました。

尾中先生は、有機合成化学の大家の向山光昭先生の下で学ばれた後、名古屋大学、ルイ・パスツール大学(現ストラスブール大学)で研鑽を積まれ、一九九五年から駒場で研究室をもたれています。駒場でのご研究内容は主に多孔体触媒を用いた有機合成反応の開発ですが、検討材料として多孔体触媒を使ってはいるものの、先生の研究の主軸、立脚点はあくまで有機合成化学であり、常に「有用な有機合成反応に使えるための触媒作り」というスタンスを貫かれていたように思えます。幾度となく、「そんな、どんな触媒を使っても進むような反応を検討してもつまらない!」というお言葉で研究計画の修正を求められました。

研究室のゼミにおいては、ご自身が納得するまで鋭い質問を繰り返され、時には厳しいご叱責もされていましたが、どれも「一人前の合成化学研究者としてはこのくらいは身に着けておくべきである」という学生への親心からの愛の鞭だったのでしょう。

その一方でほぼ毎年、蓼科で研究室合宿を自ら主催され、ゼミを行う傍ら、登山、温泉、牧場、ウィスキー工場見学など、様々なスポットに引率してくださっていました。その際には手ずからハンドルを握られ、運転手兼ツアーガイドとして、地理に疎い私をはじめ学生の皆に名所の案内や解説をしてくださいました。また夜には留学時代の経験談から世俗的な話まで、話題は尽きませんでした。もちろん、普段ご多忙なご自身のリフレッシュという面もあるのでしょうが、主に学生の慰労というおつもりだったのではないかと思われます。
研究内外を問わず総じて、正論を貫き通す先生だったと思います。多くの人が、なにが正しいか分かっていてもあえて介入するのを憚るようなことに対しても、己の信念に従い、堂々と主張されていました。傍らにいたものとしては、内心ヒヤヒヤ、ヤキモキすることも幾度となく有りましたし、また研究面などで先生と意見が分かれた時には、「正論」を相手に説得せねばならず、苦労をしたこともありましたが、その反面、学内外を問わず、不条理を許さない毅然とした姿勢は、特に理があっても力がない立場の人にとっては、この上なく力強い味方であったのではないかと思われます。

触媒学会の学会長を務められた際にも、大規模な学会としての性質上、一般会員からは伺いがたい理事会の透明化を図られ、また若手の育成のためのイベントの開催などに尽力されています。

このような先生が定年を迎えられ、駒場を去られるのは、まことに惜しい限りではありますが、駒場を去られた後も自らの信念を貫かれるのではないかと思われます。これまでの尾中先生のご活動に、改めて御礼申し上げるとともに、今後のますますのご健康、ご活躍を祈念いたします。

(相関基礎科学/化学)

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