HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報601号(2018年6月 1日)

教養学部報

第601号 外部公開

多言語・複言語教育の挑戦

トム・ガリー

TLPシンポジウム開催

日本においては「外国語教育」が「英語教育」の意味にとられることが多いが、世界中では多数の言語が依然として使われているし、将来、様々な場面で市民的エリートとして活躍することが期待される東大生が英語以外の外国語を学ぶ意義があるという認識は東京大学教養学部に根強くある。前期課程では、高校まで英語を勉強してきた学生たちはドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語、韓国朝鮮語、またはイタリア語を選択して初修外国語として学ぶ。そして、入学時に一定レベルの英語力を有すると認められる学生は、日本語と英語に加え、もう一つの外国語の運用能力をさらに鍛えるためにトライリンガル・プログラム(TLP)に参加することができる。二〇一三年度に発足したTLPは現在、ドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語、韓国朝鮮語で提供され、今後は対象の言語が増えると予想される。

多言語学習の理念をより深く理解するために、TLPは二月一日に駒場Ⅰキャンパスで「多言語・複言語教育における東京大学の挑戦」というシンポジウムを開催した。学内外から約百人が参加した。前期TLP委員会委員長の渡邊日日教授によるTLP紹介の後、二つの興味深い講演があった。

第一の講演は、フランスのル・マン大学名誉教授のミシェル・カンドリエ氏による「言語能力と言語教育:統合的視点と方法」で、複言語・複文化能力の意味と意義が様々な具体例と共に紹介された。カンドリエ氏は、日本などでの外国語教育で一般に行われている単一的アプローチ、すなわち一つの言語や特定の文化のみを考慮し、それらを単独で扱う教授法の代わりに、複数の言語や文化の変種に関わる指導・学習活動を扱った教育方法を推奨された。また、日本では言語教育の目的が「テスト」や「資格」などに傾く傾向が強いことに対して、カンドリエ氏は学習者の評価を自己評価や育成的な目的に重点を置くべきとの意見を示された。

カンドリエ氏は英語で講演されたが、質疑応答の際にはフランス語とドイツ語、そして通訳を通して日本語での質問にも答えられた。複数の言語で行われたその活発なディスカッションは、まさに「複言語主義」の理念の体現だったように思う。
第二の講演は、上智大学教授の木村護郞クリストフ氏による「なぜ、どのように、日本で複言語主義を実践するのか」であった。木村氏はソルブ語というドイツで話されている少数民族言語を学んだ経験を紹介された。広く使われている国語や国際共通語ではなく比較的に狭い地域で利用されている「現地語」を学ぶ人は、斬新な視点を獲得でき、また現地の人とのつながりや愛着も築けるという。木村氏は複言語主義と言語分業社会、また言語教育のパラダイム転換という提言をなさった後、「節英」という考え、すなわち「自分の英語(言語)使用がどのような影響を及ぼすかに思いをはせ、節度をもって大切に使おうとする姿勢」について力強く論じた。

シンポジウム閉会の後、TLPの修了式が開催された。ドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語の各言語で前期TLPを修了した学生がそれぞれの言語で、そして後期TLP中国語の修了生が英語でスピーチを行った。各スピーチの原文と和訳が資料として配られていたが、それらに目を通すまでもなく、さまざまな言語を流暢に話す東大生の見事な姿を見るだけで、私は多言語教育の大きな可能性を改めて十分に認識した。

(グローバルコミュニケーション研究センター/英語)

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