HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報603号(2018年10月 1日)

教養学部報

第603号 外部公開

スポーツ先端科学研究拠点・身体運動科学研究室共催 公開シンポジウム報告

三浦哲都

二〇一八年五月十九日、キャンパスでは五月祭が行われる中、東京大学本郷キャンパス伊藤国際学術研究センター地下二階伊藤謝恩ホールにて、スポーツ先端科学研究拠点・身体運動科学研究室共催の公開シンポジウム『Sciences for Human performance』が開催された。本シンポジウムは、スポーツや日常生活におけるヒューマン・パフォーマンスの理解を目指し、以下の二つのシンポジウムから構成された。シンポジウム1では、『ヒューマン・パフォーマンスの基礎とサポート ─若手研究者による最新研究から─』をテーマとして、東京大学で学位取得後、スポーツ・身体運動の研究分野で研究者として活躍されているOB・OGによる研究知見を分野横断的に紹介した。シンポジウム2では、『モータースポーツから考えるヒューマン・パフォーマンス ─運転技術とは?─』をテーマとして、運転技術の構成要素やドライバーに求められる心身の技能について、多角的に議論が行われた。以下に各シンポジウムの内容を紹介する。

まずはシンポジウム1の四人の演者から紹介する。佐々木一茂氏(日本女子大学家政学部、准教授)は、「応用科学としてのヒト骨格筋研究」という題で、近年日本で問題となっている若年女性の低体重(やせ)と骨格筋量の関係について紹介された。やせ女性と普通体重女性の骨格筋量を比較すると、やせ女性は下肢筋群、特に大腿部前面の筋量が少ないことが明らかになった。また骨格筋の硬さを測る新技術とその応用についても紹介された。

稲葉優希氏(ハイパフォーマンスセンター・国立スポーツ科学センタースポーツ科学部・機能強化ユニット、研究員)は、「エリートアスリートのサポートにおけるスポーツ科学と研究」という題で、エリートアスリートの科学サポートの実情について紹介された。稲葉氏が実際に携わっている卓球選手への科学サポートを例に、科学的な知見に基づいてどのようなサポートが行われるかについて紹介された。

高橋祐美子氏(東京大学大学院総合文化研究科・身体運動科学、助教)は、「運動後の骨格筋グリコーゲン回復促進 ─『刀』は一つではない?─」という題で、運動によって失われる骨格筋のグリコーゲンを回復させる方法についての研究を紹介された。グリコーゲン回復を促進させる新しい方法として、糖質の運動後のエネルギー利用の抑制が有効となる可能性について紹介された。

古田島浩子氏(公益財団法人東京都医学総合研究所・精神行動医学研究分野・依存性薬物プロジェクト、研究員)は、「心拍制御の研究から精神疾患研究まで ─心の解明を目指して─」という題で、心拍数を指標に用いた環境依存的な心拍制御における小脳皮質神経回路の役割について、また自閉症モデル動物を用いた行動薬理学解析の研究について、さらに薬物依存患者における治療薬開発に関する臨床研究について紹介された。

シンポジウム2では、世界最高の女性レーシングドライバーである井原慶子氏、認知科学分野の研究者である工藤和俊氏、工学分野の研究者である中野公彦氏の三名が、運転技術について幅広い話題を提供した。井原慶子氏(レーシングドライバー、FIA国際自動車連盟アジア代表委員)は「安全運転のためのドライバーの生体情報に基づく集中力と感情のコントロール」という題で発表された。レーシングドライバーは、運転中に身体にかかる力に耐えるために、極限まで体力や集中力を鍛える。例えば、運転中の心拍数は一七〇拍/分を下がることはなく、高い時には二〇〇拍/分を超える。そのような極限状態において最高のパフォーマンスを発揮するためのトレーニングとはどのようなものか。身体の小さな日本人女性が世界一になれた体力トレーニング、認知トレーニング、メンタルトレーニング等を紹介された。

工藤和俊氏(東京大学大学院情報学環・学際情報学府、准教授)は、「ドライビングの知覚と行為」という題で、ドライビング技術を支える知覚と行為の循環プロセスについての研究を紹介された。例えば、初心者と熟練者ドライバーの視線行動を計測すると、初心者は視線がぐらぐらしてしまい、ステアリングが不安定になるが、熟練者は視線が安定しステアリングも安定する。正確な知覚が正確な運動を支えているという認知科学の研究結果を紹介された。

中野公彦氏(東京大学大学院情報学環・学際情報学府、准教授)は、「ドライバの表面筋電図による車両運動性能の評価」という題で、いい走りの車のダイナミクスを評価する方法について紹介された。数万点に上る部品から成る車のダイナミクスは無限にあり、コンピュータによる設計では完全には予測ができない。そこで、テストドライバーに乗り心地をテストしてもらうことになる。その際に首の筋活動が、車のダイナミクスを綺麗に反映することを紹介された。

両シンポジウムにおいて、総合討議の際にはフロアから様々な質問が寄せられ、ヒューマン・パフォーマンスについて、多角的な議論が交わされた。最後に、開催にご協力いただいた教職員、学生の方々、ご参加いただいた皆様に感謝申し上げる。

(生命環境科学/スポーツ・身体運動)

603-02-1.jpg

第603号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報