HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報603号(2018年10月 1日)

教養学部報

第603号 外部公開

ゲノム進化を加速する新しい技術~TAQingシステム

小田有沙/太田邦史

「蛙の子は蛙」というが、これは遺伝の本質である。しかしずっと遠い将来、カエルの子孫が必ずしも今と同じようなカエルとは限らない。生物は絶えず変化し続けている。何億年もの時をかけ現在の生物も進化を遂げてきた。

この進化を駆動するのは、DNAを変化させる機構である。その第一が遺伝的組換えだ。雌雄を持つ、つまり有性生殖で増える生物では、父方と母方それぞれの遺伝情報に由来する染色体が1セットずつ子に引き継がれる。この際、生殖細胞でのみ行われる減数分裂というプロセスで、生命の設計図であるDNAの一部が切断され、そこで繋ぎ変えが起きる。これが「遺伝的組換え」である。遺伝的組換えによって父方と母方の両方の遺伝子が適度にシャッフルされ、生物の遺伝的多様性が生み出される。この親と少し異なるDNAを受け継ぐ多様化の仕掛けこそが、生物の進化を促進するのだ。

ある生物を記述するDNA情報の総体を「ゲノム」という。遺伝的組換えはこのゲノムの進化を推進するが、他の要因でもゲノムは変化する。たとえば、細胞分裂時にDNAがコピーされる際にエラーが生じたり、紫外線など外的要因でDNAが傷ついたりした場合も、修復するときにゲノムが変化しうる。

古来より人類は、これらの生物が持つゲノムDNA革新機構を巧みに利用してきた。数々の家畜や農作物品種、観賞用の動植物などは一般に、交配と選別を用いた伝統的な育種による品種改良によってもたらされてきた。つまり、ある意味で人類は、人為選択によりゲノム進化を促進してきたのである。ゲノム改良技術は科学の発展に伴って進歩し、近代以降、放射線や変異源物質による変異誘発、組換えDNA技術、さらに近年ゲノム編集技術も加わった。

これらの方法は一長一短である。たとえば、伝統的育種には大変な試行錯誤と時間を要する。変異誘発で得られる形質の改良は既に飽和しつつある。組換えDNAやゲノム編集は狙った部位のゲノム変化を引き起こせるが、標的の見極めが難しい。実際、多くの有用形質は「量的形質」といって多数の遺伝子がネットワークとして機能して表に現れる。その全てを同定して、逐一改変し、複雑なシステムを変えるのはそう容易ではない。

そこで、発想を転換し、遺伝的組換えのような染色体間での組換えを、減数分裂や交配を経ずに実行し、人工的にゲノムの進化を加速する実験系を考えた。すなわち、DNAの切断を、生殖細胞ではない体細胞で一時期にたくさん起こしてやれば、ゲノムが大規模にシャッフルされ、新たな形質をもった生物が得られるのではないか。

このアイデアを実現するために、研究室で実験によく用いる「制限酵素」というDNA切断酵素を利用した。この酵素を細胞内ではたらかせ、ゲノムDNAを切断し、人工的にゲノムシャッフリングを誘発するのだ。ただし、制限酵素をそのまま細胞で働かせるとDNAが切れすぎて細胞は死んでしまう。そこで、温泉などに生息する細菌に由来する制限酵素、TaqIを用いた。TaqIは高温条件下ではDNAを切断するが、常温ではほとんど働かない。細胞内でこのTaqIを発現させた上で、短時間細胞を加温すると、DNAを複数の箇所で同時多発的に切断できる。細胞には元来、切れたDNAを修復する機能が備わっているが、この時、染色体の取り違えが起こると元のDNAと配列が変わる。この性質を利用して大規模なゲノム再編成を起こそう、という作戦だ。この技術を酵素の名に因んで「TAQingシステム」と命名した(村本ら、Nature Comm., 2018)。

実際、イネやシロイヌナズナ、酵母を使って、このTAQingシステムを試すと、親株とは異なる様々な性質を持つ多様な集団が得られた。たとえば、種子や葉などのサイズが変化したシロイヌナズナや、高温条件下でも草木を原料としてバイオエタノールを産生できる新型の酵母などが作成できた。しかもTAQingシステムにより得られた株の性質とゲノム配列は、子孫にも安定的に受け継がれていた。

得られた変異株のゲノムDNAの配列を詳しく調べてみると、これらの株では、相同染色体間での組換えに加え、異なる染色体同士が組換わる「染色体転座」や遺伝子などの数が変わる「コピー数変動」などが頻繁に起きていた。このような大規模なゲノム再編成が生じた結果、もとの細胞とは大きく異なる性質を獲得したのだろう。実験室内でのわずか数世代の変化が、長い年月にわたる進化の過程の数々をも模す。この技術を用いれば、人類による長年の人為選択で交配能を失った生物種(例えばビール酵母の一種など)でゲノム進化を加速したり、交配を経ない新しい遺伝学を構築したりできるのでは、と期待している。

また、ゲノム再編成はゲノムの倍加を経ると、より複雑なパターンで生じるという実験結果も得ている。ゲノム倍加によって進化が加速したといわれる生物のゲノム進化の過程を、実験室で検証できるかも知れない。

(生命環境科学/複雑系生命システム研究センター)(生命環境科学/生物)

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