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最終更新日:2022.12.06

教養学部報

第603号 外部公開

生命現象を光で操作する

佐藤守俊

筆者らは、光を使って生命現象を自由自在に操作するための新技術を開発している。細胞や生体に光を当てて、その中で起こっている分子レベルの現象を意のままに操作しようというのだ。このような技術が完成すれば、代謝、分泌、細胞増殖、細胞分化、細胞死のような生命をつかさどる現象を自由自在にコントロールできるかもしれない。ゲノムの塩基配列を光で自由自在に書き換えたり、遺伝子のはたらきを自由自在に制御できるようになったりしたらどうだろう? 光が得意とする高い時間・空間制御能をもってすれば、狙ったタイミングのみで、狙った生体部位のみで、様々な生命現象や疾患をコントロールできるかもしれない。筆者らは、このような未来を実現すべく、新しい技術の開発を行っている。

筆者らがまず重要と考えたのは、操り人形で言えばヒモとか棒に相当する、汎用性の高い基盤技術の開発である。植物や菌類のように光を利用して生きている生物は光受容体と呼ばれるタンパク質を持っている。光受容体は、光を吸収すると大きく構造変化したり、別のタンパク質と結合したりすることにより下流に情報を伝えている。つまり光受容体は、光による入力をタンパク質の構造変化や結合といった力学的シグナルとして出力できるのだ。しかし、野生型の光受容体は、光応答性や反応速度などに問題を抱えていることが多い。筆者らはカビが有する光受容体に着目し、これに対して様々なアミノ酸変異を導入してその性質を大幅に改良したり、新しい機能を付与したりするなどして、Magnetシステムと名付けた新しいタンパク質のペアを二〇一五年に開発した(図A)。これにより、光で指令を与えて、酵素などのタンパク質の働きを意のままに操作することが可能になった。

Magnetシステムの応用を検討する中で、特に生命の設計図であるゲノムの働きを自由自在に操作する技術の創出が重要と考え、Magnetシステムと原核生物由来の酵素Cas9を組み合わせて、光駆動型の酵素PA-Cas9を二〇一五年に開発した(図B)。この新しい酵素により、光で指令を与えて、ゲノムのDNA塩基配列を自由自在に書き換えることが可能になった。さらに筆者らは、PA-Cas9に様々な工夫を施して、ゲノム遺伝子の転写・発現を光操作、つまりゲノムにコードされた遺伝子情報を光で指令を与えて自在に読み出す技術Split-CPTS2.0を二〇一七年に開発した(図C)。これにより、光で指令を与えてゲノム遺伝子にスイッチを入れ、そのゲノム遺伝子が制御する生命現象を自由自在にコントロールできるようなった。例えば筆者らは、ヒトiPS細胞にSplit-CPTS2.0を導入してNEUROD1遺伝子の発現を光操作し、ヒトiPS細胞から神経細胞への分化を光で制御できることを世界で初めて実証した。

筆者らの技術に用いている酵素Cas9は、二〇一三年からゲノム編集に利用されている。Cas9の最大の特長は、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAが相補的塩基対を形成するDNAの塩基配列に結合するという点である。この特長のため、Cas9を用いる筆者らの技術は、ガイドRNAの塩基配列をあらかじめプログラムすることにより、狙ったDNAの塩基配列のみを光刺激で編集したり、その部位にコードされた遺伝子の発現を特異的に操作したりすることができる(図B・C)。ヒトのゲノムは三十一億塩基対からなり、その中に約二万種類の遺伝子がコードされている。もし、三十一億文字からなる辞書があるとしたら、その厚みは約八十センチになる。つまり、筆者らの技術は、光刺激を与えると、約八十センチもの厚みの辞書に相当するヒトゲノムの中から、標的となる「文字」を瞬時に見つけてピンポイントで編集する能力を持っているのだ。

筆者らの技術により、細胞外や生体外から光を当てるだけで、生命の設計図であるゲノムの働きを自由自在に操作できるようになった。例えば、ヒトの脳では約八六〇億個、実験動物のマウスの脳では約七千万個の神経細胞がそれぞれの役割を持って活動している。細い光ファイバーを使ってマウスの脳にピンポイントで光を当てて特定の神経細胞の特定の遺伝子の働きを操作した上で、マウスの行動等がどのように変化するのかを観察すれば、光刺激で狙った神経細胞の遺伝子が脳の中でどのような役割を持っているのかを解明できるかもしれない。また、同様のアプローチで、生体内で生じたゲノムや遺伝子の異常(変異や欠失など)が、どのようにガンや精神疾患などの様々な疾患に繋がるのかを解明できるかもしれない。このような期待から、生命科学に携わる国内外の研究者が筆者らの技術に関心を寄せている。駒場キャンパスで開発された新技術により、新しい学問の潮流が生まれようとしている。

(広域システム科学/化学)

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(図A)Magnetシステム
 

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(図B)PA-Cas9
 

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(図C)Split-CPTS2.0

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