教養学部報
第604号
地球最古の生命の痕跡を発見!
小宮 剛
生命がいつ、どこで誕生したのかと言う疑問は自然科学のみならず、人類が持つ最も本質的な問いであり、多くの人を魅了する課題であろう。しかし、その解明は未だ道半ばである。その理由として、初期地球の地質体は極めて稀にしか残っておらず、直接過去の生命の痕跡を探索するのが非常に困難であることが挙げられる。
現在知られている最古の生命の痕跡は西グリーンランド南部の堆積岩中から発見された炭質物で、三七〜三八億年前のものとされる。最近、私たちによってカナダ、ラブラドル地域に産出するヌリアック表成岩帯(表成岩とは溶岩や堆積岩など地球表層で形成される岩石の総称)の詳細な地質調査およびジルコンのウラン鉛年代測定が行われ、この地域に三九・五億年前以前の現存する最古の堆積岩が存在することが明らかにされた。そして、その堆積岩から生命の痕跡が発見されたので、それを紹介する。
サグレック岩体はラブラドル半島に位置し、主に初期〜中期太古代(三九・五〜三三億年前)の花崗岩質片麻岩や表成岩から構成され、角閃岩相からグラニュライト相(五九〇〜七五〇℃)の変成作用を受けている。本研究では図1で示した四地域から泥質岩、礫岩、炭酸塩岩を採取した。炭質物は数十〜数百ミクロンの大きさで、泥質岩や礫岩では棒状や不定形の炭質物が堆積構造に沿うように、炭酸塩岩中のチャート塊では球状炭質物がごく少量まばらに存在した(図2A)。図2Bは全岩有機炭素同位体値(δ13Corg)、無機炭素同位体値(δ13Ccarb)とTOC(全炭素含有量)を示す。炭素同位体値は標準物質(VPDB)との比の千分率で表される(δ13C≡[(13C/12C)試料/(13C/12C)標準物質─1]×1000)。有機炭素同位体値は─28.2〜─6.9‰、炭酸塩岩の無機炭素同位体値は─3.8〜─2.6‰であった。また、泥質岩の有機炭素同位体値はTOC量と負の相関、変成度とは正の相関が見られた(図2C)。
炭酸塩岩の無機炭素同位体値は一般に後の変質によって低くなることから、当時の海洋中の炭酸イオンのδ13C値は最低でも─2.6‰であったと考えられる。また、流体起源の炭質物、海洋性重炭酸塩やその炭酸塩の分解で生じた炭質物など無機的に生じた炭質物は、0〜─15‰と高い炭素同位体値を持ち、一方、生物由来の炭質物は─20‰以下の低い値を持つことが知られている(図2D)。礫岩や泥質岩中の炭質物は─20‰以下の低い炭素同位体値を持つ(図2B)。また、その同位体比はTOCとは負の相関(図2B)、変成度とは正の相関が見られることから(図2C)、変成作用時の有機物の分解によって、軽い同位体(12C)が選択的に失われたと考えられる。その場合、炭質物の炭素同位体比の初生値は─28.2‰以下であったと考えられる。海洋の無機炭酸イオンと有機炭素の炭素同位体値の差の絶対値(炭素同位体分別係数)が25.6‰以上となることから、その有機炭素は還元的アセチル-CoA経路やカルビン回路等の代謝分別経路を経て生じたと考えられる(図2D)。
本研究では、私たちが発見した世界最古の堆積岩から、生命活動の痕跡を見出すことに成功した。今後、窒素や鉄等の生元素同位体組成や有機物結合金属元素の分布など、さらなる分析評価を重ねることで当時の海洋に生息していた微生物種が特定されることが期待される。
(広域システム科学/宇宙地球)
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