HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報605号(2018年12月 3日)

教養学部報

第605号 外部公開

送る言葉「西中村浩先生を送る」

清水 剛

西中村浩先生に対するイメージは人によって異なるかもしれない。ダンディな先生、飄々とした先生、ロシア文学者の先生、アジア関係の仕事をしておられる先生、学内行政をされている先生。どれも嘘ではないが、足してみてもどうも先生の本質を捕まえられている気がしない。
西中村先生と私との付き合いはもう十年以上になる。二〇〇六年四月に西中村先生は副研究科長になられ、その半年後に私が研究科長補佐となった。それから一年間、部下としてお仕えした。副研究科長を終えられて少し後、二〇〇九年に先生は東アジアリベラルアーツイニシアティブ(EALAI)の執行委員長になられたが、その少し前に私も執行委員となっており、また上司と部下?の関係になった。執行委員長を退かれた後、西中村先生は外国語委員長等の役職を歴任され、この二年間は教養教育高度化機構長の重責を担われたが、その間もずっとEALAIの執行委員を務められていた。なので、結局はこの十年以上ずっと一緒に仕事をさせていただいたことになる。
西中村先生のご専門は二十世紀のロシア文学・思想、特にアンチ・ユートピア小説の傑作である「われら」を書いたエヴゲニー・ザミャーチンやロシア宇宙主義(コスミズム)であるが、西中村先生の知識はそれだけにとどまらない。飲み会でご一緒した際のお話を聞いていると、トルストイやドストエフスキーの話から哲学、科学(なお先生は理科二類出身である)に至るまで、様々な話が飛び出してくる。
また、西中村先生は大変頼りになる方である。こちらが何か質問をすると、駒場での長い経験に基づく知識を踏まえ、かつこちらの質問の勘所をつかんで的確な返答を下さる。先生と一緒にベトナムにおける日本研究支援プログラム(ゼンショープログラム)を立ち上げたときも、現在本学部で行っているキャンパスアジア・プログラムを立ち上げた時も、先生の的確なコメントに何度も助けていただいた。先生がいらっしゃらなかったら、駒場の国際交流(特にアジア関係)は現在よりもはるかに見劣りするものになっていただろう。
そして(もちろん)、西中村先生はダンディな紳士であり、常に穏やかに、理性的に物事に当たられる方である。私の記憶にある限り、先生が怒っておられるのを見たことは一度もない。これまで本人に言ったことはないが、その振る舞いが実にかっこいいのである。それこそ、若い頃はさぞやおモテになられただろう、と思ってしまうほどに。
こう書いてきて、先生を表現する言葉がようやく浮かんできた。先生は、駒場の良き伝統を引き継がれた方なのである。深い教養と学識を持って教育と研究に当たられ、紳士的で、駒場のために一生懸命に働かれる先生の姿は、私がイメージするかつての一高教授の姿に重なる。
そんな西中村先生が退職される。長年、一緒に働き、一緒に飲み、一緒に笑った私としても、とても寂しいことである。先生、さようならとは言いません。また一緒に飲みましょう。

(国際社会科学/経済・統計)

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