HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報605号(2018年12月 3日)

教養学部報

第605号 外部公開

送る言葉「池内昌彦先生を送ることば」

和田 元

大学院で修士の学生であった頃、私は三号館の三階東側にある化学教室(現在の化学部会)の研究室に所属していた。学生は私だけで、理系としては珍しく、先生と私の二人だけの寂しい研究室だった。おまけに先生は忙しくて殆ど研究室におられず、頻繁にかかってくる電話に出るのが嫌だった私は、部屋を留守にすることが多かった。よく近くの研究室にお邪魔して雑談をしたり、研究の相談にのってもらったりしていた。丁度その頃、生物学教室(今の生物部会)に博士課程の学生として在籍されていたのが池内さんだった。当時、ご本人から直接話を伺う機会はなかったように思うが、池内さんは、村上悟先生の研究室で、カボチャを実験材料に、子葉の細胞でのエチオプラスト(葉緑体の前駆体)の分化のしくみを、おもに電子顕微鏡や生化学的な手法を使って研究されていた。学位を取得されてからは、理研に就職され、光合成の研究、特に光エネルギーを使って水を分解する光化学系Ⅱ複合体の研究に従事された。複合体に存在する新規の低分子量タンパク質を次々に同定して機能を解明するという、一連の研究で顕著な業績を挙げられ、光合成の研究者としての地位を確立された。一九九三年に助教授として駒場に戻って来られてからは、シアノバクテリアを用いて、光合成の研究はもちろんのこと、ゲノム解析、細胞の走光性や凝集反応の分子機構の解析などにも着手され、多数のテーマについて精力的に研究を推し進められた。池内先生は実に好奇心旺盛かつ何事にも意欲的、また根っからのポジティブ思考の持ち主で、周りの者がそんなに手を拡げてと危惧するほどであったが、そのような周りの心配をものともせず、それぞれの研究で輝かしい成果を挙げてこられた。殊に、細胞の走光性や凝集反応の研究では、光や温度などの刺激を細胞が感じて現象が起こるまでの全プロセスを分子レベルで解明することに成功され、素晴らしい論文をPNASなどのトップジャーナルに次々と発表された。それは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。現在でも高いアクティビティーを維持されており、優れた論文を発表され続けている。池内先生は学生の面倒をよくみられる。学生の研究の進捗状況を細部に渡って把握されていて、的確な指示を出しつつ、ときには叱咤激励、研究の面白さや夢を熱く語っては、学生をサイエンスの道へと導いてこられた。多くの優れた人材を輩出され、彼らは現在、大学などの研究・教育機関において、今後のサイエンスを担う若手研究者として活躍している。
私は二〇〇二年に助教授として駒場に戻ってきたが、当時、九大にいた私に駒場に来ませんかと声をかけて下さったのは、池内先生と大森先生(二〇〇四年に定年退職)だった。こちらに来てからは、「私のできることがあれば何でも協力しますから、いつでも遠慮なく言って下さいね」と暖かい言葉で、優しく気遣って下さった。これまで、そのお言葉に甘えて何度助けていただいたことか、感謝することしきりである。
池内先生は、研究・教育者としてだけでなく、生物部会の主任、学科長、系長、専攻長などの重責も果たされ、駒場の運営においても多大な貢献をされた。運営業務で多忙ななか、研究のレベルを高く維持するには大変なご苦労があったと推察するが、常に笑顔で明るく振る舞いながら研究に打ち込んでこられた。そのようなお姿は、周りの人にとってとても眩しく、憧れの存在であったように思う。
池内先生が駒場を去られるのは誠に寂しいことであるが、他所でこれまでと同様に研究・教育活動を続けていただきいと心から願っている。池内先生、これまで本当にありがとうございました。

(生命環境科学/生物)

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