HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報606号(2019年1月 8日)

教養学部報

第606号 外部公開

送る言葉「佐藤直樹先生を送る」

増田 建

私が佐藤直樹先生と初めて知り合ったのは一九九四年前後に遡ります。当時、私達が研究していたタンパク質の抗体を分与して頂き、共著の論文を出版することが出来ました。それから、かれこれ二十年以上のお付き合いとなります。その当時、佐藤先生は東京学芸大学から埼玉大学に異動される時期であり、私は東京工業大学の助手でした。その後、奇しくも同じ二〇〇四年に佐藤先生は教授として、私は准教授として駒場に着任しました。私が着任する際に、佐藤先生から同じ駒場で働くことを祝う温かいメールを頂いたことを良く覚えています。
東京工業大学の同僚が佐藤先生と同じ出身研究室だったこともあり、その噂はいろいろ聞いていたのですが、その殆どは佐藤先生の常人からかけ離れた秀才さと多彩さによるものでした。実際、佐藤先生の研究は、当初は植物脂質に関するものが中心でしたが、その後、ゲノム解析やバイオインフォマティクスを駆使され、細胞内共生により誕生した葉緑体の不連続進化を提唱されました。その中で開発された遺伝子クラスタリングなどのソフトウエアは今も研究者に愛用されています。一方、ある学会では、「今日は遺伝子もタンパク質も一切登場しません」と切り出され、藻類の生物対流について発表されたのには度肝を抜かれました。また最近は、生物学史・生物哲学にも注力され、モノー、モランジュ、ドゥーシュなどのフランス語著書の翻訳も手掛けておられ、執筆活動も盛んです。教育面でも、これまでの理科一類の生命科学の教科書を、数理演習を中心としたものに一新された他、フランス語部会から語学の授業を出講されるなど、その活躍を数え上げれば枚挙にいとまがありません。
また恐らく、佐藤先生は駒場で最も恐れられた先生のお一人でしょう。理路整然と構築された論理から、カミソリのように舌鋒鋭く切り込む姿勢は、多くの学生や教員を恐怖に陥れます。私の知る限りでも、学位審査会で厳しく駄目を出されてトラウマになった学生が数名います。特にメールでのやり取りでは、歯に衣着せぬ文章から誤解を受けやすいようです。しかし、体裁を気にせず信念を貫かれる佐藤先生は、最も頼りになる先生のお一人でした。また、佐藤先生は自己管理も徹底されていることから、管理職などもやすやすとこなされます。そして、上手く時間を調整することで、今でもご自分で実験を行われています。実際、現代の生命科学では殆どあり得ないのですが、佐藤先生は教授でありながら単名で多くの学術論文を発表されています。
このようなスーパー佐藤先生ですが、子供のように無邪気な一面を垣間見せられる時もあります。また時には奇抜なファッションの服を着てこられる時もあり、その多彩な魅力は研究・教育だけに留まりません。その後姿に少しでも近づきたいと思いつつも、容易には近づくことの出来ない知の巨塔です。今後、駒場を離れられても、ますますのご活躍をお祈りしています。佐藤先生のご健康とご多幸をお祈りしつつ、送る言葉とさせていただきます。

(広域システム科学/生物)

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