HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報607号(2019年2月 1日)

教養学部報

第607号 外部公開

駒場をあとに「昔のこと、今のこと」

錦織紳一

書き出しに困る。今がその状態なのだが、書くべき内容が思い浮かばないことがことの本質である。この「駒場をあとに」と対になるのが「時に沿って」という新人の駒場デビューの自己紹介文であろう。これは教養学部報で最も注目される記事ではなかろうか。これまでの経歴、これからの意気込み、個性が融合した読み応えある有意義な企画である。それに引き換え「駒場をあとに」は恒例の企画ではあるが、「今更どうでもいいのに」という感が拭えないのである。逃れる手をいろいろと講じてみたが許してくれない。試験答案なら白紙で出す手もあるが、それも許されない。文才があればいいのだが無い袖は振れないということで、いくつか過去の文献にあたってみたところ大方のパターンが見えてきた。某新聞の「私の履歴書」風にいけばよいらしい。とりあえずその線で後を続けよう。
私が駒場の教員の一員になったのは一九八〇年、博士課程の途中からであった。途中二年弱カナダのNRCというところに行っていた期間を除いてずっと駒場にいるので、おそらく現在駒場にいる教職員の中では在籍期間が最も長い部類になるだろう。専門は化学で、連続構造金属錯体をホストする「包接化合物」が研究対象である。現在では、そのような化合物は「超分子」化合物の一種とされ、そう珍しいものではなく、その発展ぶりはよくここまでと感心するくらいだが、一九八〇年代は数も少なく珍しいものであった。研究内容は、一言で言えば、そのような化合物を新たに作り出してきたということになろうか。いろいろな構造や性質を持つオリジナル化合物を多く持てたことについては満足しているが、心残りなのは、人様のお役に立つ化合物がなかったという点である。現在において役に立たないというのは致命的である。ちょっとした子供でさえ人の役に立ちたいと言う現在である。一九八〇年あたりでは、そのようなことは何も考えずただ好奇心と興味に任せて実験を行っていた。まだ、それが許されていた時代でもあった。場所は現在の三号館。現在の変に整然としていて、あまり人気を感じない三号館ではなく、化学、物理、生物、地学などが雑居しており、廊下にはロッカーやら何かの測定装置などが無遠慮に置かれていた。雑然としていたのは物だけではない。すべての部屋のドアは開け放されており、廊下からは隣の研究室の中が見え、時にはずかずかと中に入り込んで実験器具を拝借して行ったり、ちゃっかりとお茶の時間に一緒になってコーヒーをすすっていたり、なにやら落語に出てくる長屋的な、金はないが人情はある的な空気が建物全体を覆っていた。自由な雰囲気の中でのびのびと研究ができたのである。設備や装置の面では間違いなく今よりも貧相なものではあったが、気持ちに余裕、ゆとりがあったのである。そのような中から大隅先生のノーベル賞につながる研究も生まれたのではなかったか。なにやら、年寄りによくある、昔は良かった的な話になって来た。こういうのは今に活きる若い人にとってはあまり意味がないのかもしれないが、昔の方がよかったと年寄りである私は断言したい。このような気持ち、精神の余裕が失われたのは、時代の流れと言いたいところだが、そのようにもっていったからであろう。それを象徴するのが、「競争原理」とか「選択と集中」、さらに「自己責任」とかいった言葉だ。これらが今の世の底流にある。あるいはそれが働くように仕組まれているが、それで良い世の中になったのだろうか。そのあたりの見解は聞いたことがない。これらの帰結は一極集中や格差であり、そこから外れるとどうにもならない。もしかしたら大発見やパラダイムの変革につながるかもしれない発想やチャレンジの機会が失われる。精神的な落ち込みも馬鹿にできない損失だし、諦めてしまうものも出てくるだろう。もったいないことである。それなりに発達して来たらしい世の中であるが、少しは賢くなったのであろうか。さて、このような状況に対応し東大全体や駒場でもいろいろと策が練られている。先日の教授会でも、そういった策が披露された。今後それらがうまく運ぶことを願う。学生さんや若い研究者には、「選択と集中」されれば儲けもの、されなくても「選択と集中」されることは手段であり目的ではないことを思い本来の目的に向かいしぶとく活動を継続してほしい。科学、学問、世の中を支えていくのはそういった活動だ。きっといつか大きな成果に結びつくはずだ。
本来の筋から外れて愚痴っぽい話になってしまった。年寄りの話は自慢か愚痴と相場が決まっているのでお許し願おう。最後に、無事退職を迎えられるのは、今までお付き合いいただいた、また直接は顔を合わせていなくても影でサポートしてくださった多くの教員、職員、研究室および一般の学生諸氏のおかげです。言葉にしきれないものがありますが、ここに深く感謝いたします。

(相関基礎科学/化学)

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