HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報607号(2019年2月 1日)

教養学部報

第607号 外部公開

<時に沿って>生命らしさとヒトらしさ

中島昭彦

二〇一八年九月より総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系に着任いたしました。地元埼玉の高校を卒業後、北海道大学、大阪大学を経て東京大学駒場キャンパスに移ってまいりました。専門は生命システムの物理で、非線形、非平衡物理学的観点から、生命システムのダイナミクス、特に細胞の運動や細胞間コミュニケーションについて研究しています。
自分のことを少し振り返ってみますと、大学では農学部で、物理学とは全く無縁の学部時代を過ごしました。貧乏学生だったので、塾講師から飲食店、道路工事まで色々なアルバイトに明け暮れて過ごしたことを覚えています。当時は実験しても文献を読んでも生き物のことがまるでわからず、大学院への進学を考えるにあたって、生き物らしい、生き生きとした振る舞いについて、個々の分子よりももっとマクロなシステムとして理解できないかとぼんやり思い、大学院は非線形物理を専門とする研究室に進学を希望しました。ただ、物理学には全くの門外漢でしたので、大学院での恩師に当たる先生に進学を打診した際には、「(大学院から急に物理を始めても)無理だからやめたほうがいいよ」と忠告を頂きました。それにも関わらず、当時はあまり何も考えずに飛び込みました。いざはじめてみると、恩師の先生や仲間の予想外に?温かいサポートのおかげもあり、計算機を使った理論的な研究に取り組み、なんとか学位を取得することができました。その後は、細胞を使った実験を行うようになり、現在は、生物と物理、理論と実験を行き来しながら研究しています。今振り返ると、分野の垣根をあまり意識することなくこれまでやってこられた理由には、直感や思い切り、色々な経験の積み重ね、周りの人たちからのサポートといった、まさに生命らしさ、ヒトらしさが潜んでいるように思います。
いまは、専門的知識を学ぶのにも苦労もなく書籍や文献を手に入れられる、知識に容易にアクセスできるいい時代になっています。ただ、そのような時代にあると、知識としては持っていても未経験、未体験の事柄というのが増えてきてしまい、頭でっかちになってしまう場合も見受けられます。また、人工知能の話題が世間を賑わしていますが、これまでヒトの知的作業だと考えられていたことが、どんどん人工知能に置き換わっていくと考えられています。そのような時代にあって、ヒトが今後身に着けるべき知性や教養が問われています。学生の時期は、もっとも時間も勢いもあるときです。学際性豊かな駒場キャンパスで、ぜひ学生の皆さんには、自分の体と頭を使った経験を積み重ね、感性を磨き、ヒトらしい知性と教養を身につけて欲しいと思います。

(広域システム科学/物理)

第607号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報