HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報608号(2019年4月 1日)

教養学部報

第608号 外部公開

東大生はなぜ教養学部からスタートするのか ─2019年度新入生のみなさんへ─

教養学部長 太田邦史

1-2_太田邦史学部長2.jpg新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。本年の入学生は、平成最後の入学生であると同時に、新時代最初の一年生になります。私ども教職員は皆さんを心より歓迎するとともに、二年間に及ぶ駒塲で有意義なひとときを送って頂けるよう、精一杯サポートしていきたいと考えております。
ご入学に際し、まずなぜ皆さんが最初の二年間教養学部に所属するのか、少し説明したいと思います。教養学部は今年創立七十周年を迎えます。その前身は日本を支えてきた多数の俊傑を育んできた旧制第一高等学校および旧制東京高等学校です。高等学校という名はついていますが、主として東京帝国大学の予科として、現在の教養学部前期課程の教育を担当していたもので、非常に入学が難しい学校であったそうです。旧制高校は「教養主義」や「リベラル・アーツ」といって、専門的な勉学に移行する前に、幅広い知識を習得し、かつリーダーとして不可欠な人格面について涵養することが重視されていました。リベラル・アーツという概念は、ギリシャ時代にその端緒を見ることができ、「人間に自由を与える学問」、つまり答えのない問題を解決したり、何が問題かさえわからない状況において、適切な問題を設定したりする能力を涵養する学問を指します。現在の教養学部前期課程は、その精神を継承しています。つまり、東京大学は、戦前から現在に至るまで、途切れることなくこの「リベラル・アーツ」を重視してきたのです。(紙面に限りも有りますので、教養学部設立の細かい経緯などは、本年刊行される記念誌や、七月七日に行われる七十周年記念集会でご紹介いたします。)ここで重要なことは、学問だけでなく、人間として大事な品性を育むということではないかと思います。
さて、本学の「教養学部」ですが、一つの学際的な専門課程の学部であり、他の大学にかつて存在していた一〜二年生のみを対象とした「教養部」という組織とは本質的に異なります。教養学部には、前期課程に加え、他の学部と同様の専門後期課程(教養学科、学際科学科、統合自然科学科)、さらに大学院総合文化研究科があります。教養学部の教員は、他部局と同様大学院に所属しており、それぞれの専門分野において最先端の研究を行う研究者です。高度な専門性・先進性を有する教員が、幅広い分野の同僚と連携し、専門分野の垣根を越えた新分野の創成を目指して研究を行っています。その一例が、二〇一六年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典先生のオートファジー研究です。そのような先進的な研究を行う教員が、一〜二年生の教育にも関わり、学生の知的探究心に刺激を与えることで、能力を高めていこうという意図が存在するのです。
実は一九九〇年代ごろに、他の国立大学等では教養教育を廃止してしまいました。最初から学部に分かれて、早期から専門教育に専念したのです。なぜ東京大学は教養学部を残したのでしょうか。おそらく一つの理由は、前述の通り東京大学の教養学部が後期課程や大学院を有する一つの専門学部として存続してきたこと、もう一つは、本学が皆さんに将来我が国でリーダーシップを取ってもらえるだけの適応力や人間力をつけて欲しいと本学関係者が考えたからと思います。
ビジネス分野は勿論のこと、科学技術や学問分野にも栄枯盛衰があります。最近はとくにその寿命が短くなってきたように感じています。そのような変化の激しい環境で生き延びていくにはどうしたらよいでしょうか。私は生物学を研究しているのですが、生物も激変する地球環境を何億年ものあいだ生き延びてきましたので、何か生き残りの秘訣があるように感じています。研究するうちに、生物のもつ多様性がとても重要であると考えるに至りました。多様性がない生物集団を考えてみましょう。大きな環境変動が起こると、集団全体の環境への適応度が下がってしまい、最悪の場合は絶滅します。一方、生物集団に少し変わり者がいるような多様性が確保されていれば、環境変動後にもある一定数、適応度の高い個体が確保され、集団の絶滅は起こりにくくなります。
同じようなことが、一人の人間が人生を生き抜く際にも重要かもしれません。特定の分野を極めてエキスパートになる事はとても素晴らしいことなのですが、一つの専門分野の蛸壺に落ち込んでしまうと、世の中の変化に対応することができません。一見無駄に見える他分野の専門知識を横断的に習得し、専門分野に限定されない普遍的な思考パターンを持つ人材(Ⅱ型人材)が、変化が加速しつつある現代社会を長い年月生き抜くことができるのではないかと思います。
長い人生の中で、当初は無意味と思っていた経験が活きてくることがあります。私の個人的な経験でも、社会に出て何年も経って教養時代の勉強が活きてきたことがあります。大学時代は人間の枠を拡げる経験をするには最適の期間です。皆さんが駒塲で幅広い体験を得て、将来それを活かして一人一人が輝きを持った人生を歩んで頂きたいと願っております。

(総合文化研究科長/教養学部長)

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