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最終更新日:2021.02.03

教養学部報

第610号 外部公開

水素社会の実現を目指した電解質材料の創成

内田さやか

私たち人類の便利な生活は、大量の化石燃料によって支えられていると言っても過言ではありません。化石燃料は扱いやすく便利なエネルギー源ですが、地球環境に負荷をかけており、化石燃料に変わる新たなエネルギー源の活用が地球規模の課題となっています。化石燃料に依存しない持続可能な社会の構築に向けた手段の一つとして、水素をエネルギー源とする「水素社会」の実現に向けた動きが活発です。水素は、酸素との反応により燃焼する「燃料」であり、燃焼により生成するのは水のみで、有害物質を排出しないため、クリーンなエネルギー源と考えられています。中学・高校の理科の授業で、水素は酸素と爆発的に反応して燃焼すると習うため、水素には危険な印象があるかと思います。近年、水素と酸素を穏やかに反応させることで電気エネルギーを得る「燃料電池」が登場し、燃料電池を活用する水素社会は、家庭用燃料電池給湯器「エネファーム」、燃料電池バスや自動車などのかたちで、部分的には具体化しつつあります。しかし、コストや普及台数などを考えると、水素社会の到来には程遠いのが現状です。
水素社会の鍵となる燃料電池を普及させるための課題の一つとして、反応により生成する水素イオンの伝導を担う「電解質材料」の性能向上が挙げられます。現在使われている電解質材料には、性能面だけでなく、フッ素や硫黄などの有害な元素を含むという環境面の問題もあります。そこで、私たちの研究室では、高性能・環境負荷低減を両立できる新たな電解質材料の構成ブロックとして、金属酸化物クラスター(ポリオキソメタレート)とポリマー(ポリアリルアミン)に着目しました(図参照)。これらは、高い水素イオン伝導性を示す可能性があることが知られているものの、単独では、水蒸気や熱への耐性が低いという欠点があります。これらの欠点の解決に加え、組成・構造・性能の相関が明確な電解質材料を合成することを目的とし、水中でポリオキソメタレートのカリウム塩とポリアリルアミンの塩酸塩を混合し、結晶化を試みました。X線回折により得られた結晶の構造解析を行ったところ、陰イオンであるポリオキソメタレートと陽イオンであるカリウムイオンとの間に働く静電相互作用により「ナノ細孔」を持つイオン結晶が構築され、細孔内には水素イオンと結合したポリアリルアミンと水分子が含まれることがわかりました(一ナノメートルは十億分の一メートル)。期待どおり、得られた結晶は、実用材料に匹敵する高い水素イオン伝導性を示しました。次に、各種分光法を駆使して水素イオンの状態解析を行ったところ、細孔内でポリアリルアミンと水分子が密で動的なネットワーク構造を形成することにより、水素イオンが効率良く伝導される仕組みが明らかになりました。今後は、学術・産業の両面で社会に貢献することを目指し、実用化に向けた企業との連携も行う予定です。
さて、駒場キャンパスで、このような科学の研究が行われていることをご存じでない方もいたことでしょう。駒場の特長として、所属する教員の専門分野が幅広く、一つの研究室の構成員が少ないことが挙げられます。後者はデメリットになりえるのですが、軽自動車は小回りが利くように、時と場合に応じて研究テーマを柔軟に変えやすいというメリットにもなりえます。実際に、私たちの研究室では、数年前までは細孔内の「分子」の挙動に着目した研究を進めていましたが、現在ではほぼ「イオン」に特化しており、やっぱり「分子」もいいねと考えているところです。このような駒場の環境の下で、最近、インパクトの高い研究成果が数多く発表されているのは、けして私の贔屓目ではないと思います。さて、教養学部前期課程に所属する学生の皆さんも、駒場キャンパスにいながら研究活動に携わることのできる機会があります。私は、毎セメスター開講される「最先端のサイエンスを駒場で研究体験するプログラム」という全学自由研究ゼミナールの世話人をつとめており、このゼミを履修していただければ、希望する研究室にて教員や大学院生の指導の下、研究活動の一端に触れることができます。意欲的な学生さんの履修をお待ちしております‼

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(相関基礎科学/化学)

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