HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報610号(2019年6月 3日)

教養学部報

第610号 外部公開

<時に沿って> 一瞬の衝撃

野口篤史

二〇一九年一月一日、平成最後の年明けに総合文化研究科の准教授として着任し、研究室を開かせていただきました。新しくできた先進科学研究機構に所属し、私を含めて(?)フレッシュなメンバーで始まった平成三十一年。さまざまな「始まりの時」に期待せずにはいられませんでした。私は昨年まで東京大学先端研に所属し、駒Ⅱキャンパスにおりました。こちらへの着任が決まった時には、ずいぶん近いところに移ることになったなと思っておりましたが、私の思った以上にキャンパスの雰囲気の違いに驚きました。これまで私の中で駒Ⅰといえば駅前のつけ麺だったのですが、そのお店ももはやなくなり、心機一転新しい環境にて研究がスタートします。
私は、元々は数学少年で、数学をやりに大学に入りました。本格的に物理に触れたのは大学の二年のときで、一般相対論の授業を受けて、物理の理論が一本の数式におさまり、またそこから出てくる予言が実際に観測されることに感動したのを覚えています。まず、モデルを「えいやっ」とたて、数式をこねくり回すと、どうやら宇宙はその通りに動いている。物理というのは、どうやらものすごいことをしているのだと感じずにはいられませんでした。時は流れて、次の感動は量子力学との出会いです。量子力学は普段の生活では実感できないとよく言われますが、それは相対論にしても同じで、私はともに実感を伴って理解しているとは到底言えません。しかし、実験をするとその通りになる。この世界の裏側を覗くようなこういった興奮は、ちょっと他の事ではなかなか味わえないな、なんて物理を誉めすぎでしょうか。そんなこんなで、私は物理の研究者になりました。中でも、とくに量子力学を使って情報処理やセンサーを作る量子エレクトロニクスと呼ばれる分野の研究をしています。世界の裏側を暴くような技術を駆使して、役に立つ機能を作り出せたら素敵だなと思って研究をしています。
ここまで書いたように私は物理が大好きなのですが、実際に研究者になることを決めたのは違う理由です。私が修士二年のとき、企業に就職するのか博士課程まで進学するのか迷い、大阪大学の占部先生(現:大阪大学名誉教授)の研究室に見学に行きました。占部先生の研究室はイオントラップを使った量子実験の研究をしていました。イオントラップという技術は、レーザー冷却の技術と組み合わせる事で、真空中にただ一個、ないしは複数のイオンを並べて捕獲することができる技術です。しかもCCDカメラを使う事で、それら各イオンからの蛍光を個別に実時間で観測することができるのです。まさに目の前で、一個一個の原子が並び、しかもそのスピン状態などを自由に制御することができる。自由に触れる量子系を目の前にしたとき、私はそのあまりの衝撃に研究者になることを決めました。
私は幸運なことに、一生を決めるような感動と衝撃に出会えることができました。学生のみなさんも、それがどんなものであれ、大学生活中にそういったチャンスはたくさん巡ってくるのではないかと思います。教養学部は、多種多様な研究分野の人たちがいます。ぜひいろいろな話を聞き、いろいろな体験をして、それぞれの道に歩んで行ってもらいたいと思っています。

(相関基礎科学/先進科学)

第610号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報