HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報611号(2019年7月 1日)

教養学部報

第611号 外部公開

科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」を受賞して

瀬川浩司

この度、「有機無機ハイブリッド太陽電池の先駆的研究」という業績で、文部科学大臣表彰の栄に浴すことができた。先ずは共同研究者、研究活動に多大なるご助力を頂いた学内外の方々に、この場をお借りして厚く御礼申し上げたい。
受賞対象の「有機無機ハイブリット太陽電池」は、あまり馴染のない言葉だと思うが、再生可能エネルギーの導入拡大に繋がる次世代技術として、国内外で大きな注目を集めている。無機結晶を使うシリコン太陽電池のように高純度半導体結晶を作る必要が無く、安価な原料を用いて印刷工程を利用してデザイン性の高い太陽電池に仕上げることができ、太陽光発電の用途を飛躍的に広げられる可能性があるからだ。
研究のきっかけは、四十年以上前の高校の授業で教わった植物のクロロフィル類の分子構造で、「なんでこんな有機分子が光合成を行えるのか?」という素朴な疑問に始まる。光合成は地球上で最も重要な化学反応といっても過言でなく、人類の生活を支える食料やエネルギーの大部分は、過去から現在までの光合成で獲得されたエネルギーに依存する。そのメカニズムが詳細に明らかにされたのが一九八四年、私が大学四年の時で、光励起されたクロロフィル分子が電子移動を起こし高効率光エネルギー変換を行うという精緻な物理化学的メカニズムは当時の私にとっては衝撃だった。一九七〇年代、日本は二度のオイルショックを経験したが、こうした光エネルギー変換機能を人工的に利用できれば、太陽光を純国産エネルギー源として様々な問題を解決できるのではないかという思いも生まれた。
その後の研究室配属で、本当にラッキーなことに「本多藤嶋効果」で光電気化学の世界的権威であった本多健一先生(故人)の研究室に入ることになった。本多先生は、クロロフィル分子単分子膜修飾電極を用いた電気化学セルで光エネルギー変換が可能であることを既に発表していた。ただし、これはあくまでも基礎研究で、当時は誰も応用に繋がるとは思っていない。私は研究室に入って以降、ミリ秒からフェムト秒に至る時間分解分光計測のシステムを立ち上げ、電子移動の速度が制御できるナノ構造を持つ分子システムの合成を行うなど、もっぱら基礎研究を進めていた。この頃、研究室のミッションから外れる研究でも、自由に思う存分研究させて頂いたことは、今でも私の財産になっている。
その後、一九九五年に駒場に着任して独立研究室を持ち二〇〇〇年を過ぎた頃、「本多藤嶋効果」で知られるもう一人の藤嶋昭先生の文部科学省のプロジェクト特定領域研究「光機能界面の学理と技術」に総括班・計画班・事務局長として参画することになった。このプロジェクトは、基礎研究に重点を置きながらも応用に繋げる側面も持っており、この頃から初めて応用を意識した「有機無機ハイブリッド太陽電池」という言葉を使い始めた。当時は、まだシリコン太陽電池ですらあまり普及しておらず、そんな時期にさらにその先の「有機無機ハイブリッド太陽電池」を言い出すなんて何だ?本当にできるのか?などと周囲からは冷ややか(?)に思われていたはずだ。例えれば、ブラウン管テレビ全盛の時代に、液晶を飛び越えて、有機ELを言い出すようなもの。しかし、この有機無機ハイブリッド太陽電池から、世界で初めての「蓄電機能内蔵太陽電池(写真)」が生まれ、「有機金属ハライドペロブスカイト太陽電池」も生まれた。二〇〇九年から内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)有機系太陽電池プロジェクトの中心研究者、二〇一五年から新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)のペロブスカイト太陽電池プロジェクトリーダーになり、恵まれた環境で研究を進められたことは二つ目のラッキーだった。現在研究室のペロブスカイト太陽電池の測定では、単セルで二十二%超、ミニモジュールで二十%超の変換効率を得ることに成功している。しかし、まだまだ道半ばには違いない。変換効率の二十五%超とペロブスカイト太陽電池の実用化が次の目標だ。企業との連携も欠かせない。シリコン太陽電池は同時期に普及拡大が進み、日本では既に五千万キロワット以上導入されている。われわれは今、その先を目指している。
ちなみに、今回は受賞がきっかけで本稿を執筆しているが、研究者にとっては「○○賞」など、どうでも良いことではないかと思う。研究者にとっての喜びは、自分が一生懸命書いた論文を読んでくれる人がいて、その内容を面白いと思った人からコメントを頂き、自分の論文を引用した関連研究が出ることだ。自分の研究をもとにして技術が発展し、実際に実用化されることなども喜びの一つになる。私の場合、自分が思い描いたアイデアのうち、まだ十分の一も実行できていないので、日々少しずつでも研究が進むことも何よりの喜びだ。独立研究室を持って以来、もうすぐ四半世紀が経とうとしているが、この間ずっと駒場にいた。都会から隔絶した駒場の静かな環境(?)は、決して急かされることの無い上記のような研究スタイルに合っていて、その結果として先駆的研究に向いているのかもしれない。この点が三つ目のラッキー、そして一番大事だということにも気付かされる。

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写真:有機無機ハイブリッド太陽電池の一つ「蓄電機能内蔵太陽電池」。
葉と背景が太陽電池で花が蓄電池。印刷工程を利用するため様々なデザイン
が可能で、蓄電機能があるため日射強度変化による出力変動を緩和できる。
ZEB*1, ZEH*2, IoTなどへの応用が考えられている。
*1:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル
*2:ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス

(広域システム科学/化学・先進科学)

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