HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報612号(2019年10月 1日)

教養学部報

第612号 外部公開

教養としての教養学部入門? ─東京大学教養学部編『東京大学駒場スタイル』について

内山 融

今年は東大教養学部創立から七〇周年になる。本書(東京大学教養学部編『東京大学駒場スタイル』東京大学出版会、二〇一九年)はこれを記念して刊行されたものであり、東大駒場の研究と教育への取り組みがさまざまな観点から描かれている。昨今は教養ブームのため『教養としての○○』と題する書籍が巷に溢れているが、そのひそみに倣えば、本書は「教養としての東大教養学部入門」といえよう。
本書の内容は、東大駒場の歴史や組織に始まり各教員の最先端の研究内容に至るまで多岐にわたるため(まさに駒場の縮図!)、本稿の限られた紙幅でその内容を紹介するのは諦める。代わりに、今の東大駒場が東大駒場としてプレゼンスを発揮できているのはなぜかについて、歴史を振り返りつつ私自身の解釈を記したい。
東大教養学部は一九四九年五月三十一日、新制東京大学の発足と同時に創設された。初代教養学部長である矢内原忠雄が指摘したように、教養学部では、教養教育を通じて普遍的な知識や真理探求の精神を身に付けることが期待されていた。入学した全学生をまずは教養学部に所属させ、後に専門学部を選ばせるという東大独自のシステムはこのような理念から始まった。
昭和の時代は、文部省(当時)の大学設置基準が大学の組織やカリキュラムを細かく規制していた。大学設置基準では一般教育科目、外国語科目、保健体育科目、専門教育科目という科目区分が設けられており、一般教育科目などを担う教養教育と専門教育科目を担う専門教育との区別は制度化されていた。そのため、ある意味で教養教育の地位は安泰であった。ところが、平成が始まってすぐの一九九〇年代初頭、教養教育への「激震」がやってきた。結論から言えば、この激震をうまく乗り切ったことが今の駒場の活性化につながっている。
一九九一年、文部省により「大学設置基準の大綱化」と呼ばれる改革が実施された。「大綱化」とは、大学設置基準の規制の大幅な緩和ないし撤廃のことである。これに伴い上記の科目区分も廃止されたため、教養教育の地位は不安定化した。全国の大学の教養教育担当部門も大きく動揺し始めた。大綱化は教養教育の縮小を必然的に要請するものではなかったにもかかわらず、ほとんどの大学は、教養教育を担っていた部門である教養部を専門教育重視の名の下に廃止してしまったのである。
そのような中、教養「学部」という独自の組織形態をとっていたこともあり、東大は教養学部による教養教育を堅持した。手前味噌かもしれないが、今あらためて教養教育が見直されていることを思えば、教養教育の根本的な重要性に着目していた矢内原初代教養学部長以来の先見の明がこのときも発揮されたと言えるのではないか。(ところで、いまだに駒場のことを「教養部」と勘違いしている方が東大学内にもたまに見受けられる。そうした方は本学における教養教育の意義を根本的に理解していないようなので猛省を促したい。)
駒場の教養教育が逆風を乗り切り、今でも発展し続けている最大の理由は、研究との有機的なつながりを活用してきたことである。大学教員の仕事は教育と研究の二つだといわれているが、この両者は切り離すことはできない。優れた教育は優れた研究なしには不可能なのである。私は政治学を教えているが、学生の皆さんからの質問には鋭く深遠なものも多く、こちらも知力を結集しないと十分に答えられない。いわば、前期課程の授業も激しい知的闘争の場なのである。こうしたことを考えると、その分野について深い知識と理解のある第一線の研究者でなくては、優秀な学生に対して真に効果的な教育はできないであろう。
全国の教養教育が揺れた一九九〇年代、駒場は大学院重点化と呼ばれる改革を実施し、すべての教員を大学院所属とすることとした。大学院総合文化研究科と教養学部が一体となったのである。学生の皆さんはあまり気付かないかもしれないが、駒場の教育は、基本的に大学院総合文化研究科を主所属とする教員が教養学部も担当しているという形を取っている。
このような形を取っているため、東大に入学したばかりの一年生も、世界トップレベルの研究者の授業を受けることができる。最先端の研究成果を教育へと還元することにより、優秀な学部生が大きな刺激を受け、そうした学生により研究者たる教員や大学院生もさらに刺激を受ける。東大駒場の強みとは、このような「研究と教育の好循環」にほかならない。
ちなみに一九九〇年代には大学院重点化と並行して前期課程カリキュラムの改革も行われた。基礎科目・総合科目・主題科目を柱とするこのときの新カリキュラムが、現行カリキュラムの骨格となっている(なお、二〇一五年度以降は展開科目が加わった)。この改革の際に目指されていたのも、大学院レベルの専門的研究と学部レベルでの教育との有機的な連関である。
こうした歴史を背景として、数年前からは「研究成果の教育への還流」を謳う部局構想を積極的に学内外に示し、文理両面にわたるさまざまな活動を統合的に進めてきた。例えば、理系では先進科学研究機構を設置し、前期課程学生に対して先端的な研究分野を教えるアドバンスト理科という授業科目を新設した。文系ではグローバル・スタディーズ・イニシアティヴを設置し、世界的な研究教育ネットワークのハブとすることを企図している。その他、スポーツ先端科学研究拠点、地域未来社会連携研究機構、芸術創造連携研究機構など駒場を拠点とする全学横断的な研究機構を設置し、精力的に研究と教育を推進している。
具体的に東大駒場がどのような取り組みを進めているか、駒場の各教員がどのような研究分野で活躍しているかについては、是非とも本書をご覧いただきたい。「羊頭狗肉」にならないことは私が請け合おう(といっても返金・返品には応じかねるが......)。

東京大学教養学部 編「東京大学駒場スタイル」
(東京大学出版会、二〇一九年)
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提供 東京大学出版会

(国際社会科学/法・政治)

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