HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報612号(2019年10月 1日)

教養学部報

第612号 外部公開

<時に沿って> はかれないものをはかる

近藤 興

本年度四月から広域科学専攻生命環境科学系の助教に着任しました。私の専門は細胞生物学で、生命活動の中心である「細胞」がみせる様々な現象に特に興味を持って研究を行っています。
本稿の題にした「はかれないものをはかる」は、昨年上梓された詩集(工藤あゆみ著)から拝借しました。私が最初にこの本を目にした時、これまでの研究活動の中で自分が(無意識のうちに)探していたある事に気づきました。それは、私たちが生物と非生物を見分けられるように、不思議と感じることができる「生命感」の正体は一体何かということです。
細胞は、生命の基本単位と言われ、複雑で巧妙で緻密なシステムが構築されています。その実体について、三五〇年以上に亘って多くの研究者が魅了され研究してきましたが、未だ数多くの不思議が詰まっています。
毛先ほどの小さな細胞の世界に迫るには、顕微鏡を用いた「観察」が欠かせません。ところが、"観えるものしか観えない"のが顕微鏡です。「生命感」のように、明らかな実体がなく観えないものを知るにはどうしたら良いでしょうか。私は「はかる(測る)」ということが、そこへ近づく道だと信じて研究しています。
では、観えない「生命感」をどのようにして「測る」ことができるでしょうか。すなわち、「はかれないものをはかる」ことに挑戦しなければなりません。そこで注目するのが、細胞内物質の動態です。細胞は、DNAや脂質・タンパク質など多種多様な物質で構成されており、これらを顕微鏡で観察すると、実にダイナミックに細胞の中を動き回っていることが見てとれます。観ていて飽きることはありません。最近では、それぞれの物質が適切な時に、適切な場所で、適切な量だけ機能することが肝心であると分かってきています。その詳細を明らかにするために、これまで私が注目してきたのはタンパク質の動きです。
学生の頃には、細胞分裂の仕組みを知るために、分裂中の生きた細胞におけるタンパク質の動態を測りました。この時、細胞がいかに巧妙に創り上げられているか正に実感し(これが私の「生命感」の原体験)、細胞への好奇心がどんどん強くなりました。さらに博士研究員の時には、多様なタンパク質等が集積した細胞小器官の一つである「中心体」に焦点をあて研究を行いました。その動態を測ることを通して、細胞の分裂や運動の仕組みの解明に挑みました。
細胞生物学の分野でも、人工知能などの新しい技術がどんどん活用されてきています。それらを先人たちが確立した既存の手法とどのように協力させていくか、研究者の腕の見せ所が訪れています。今駒場で過ごしている学生の皆さんが研究を始める頃には、より刺激的で、驚くほど躍動的な時代が拓かれていることでしょう。学ぶことは沢山あります。「生命感を測る」ことを通じた私の研究はまだまだ道半ばですが、「観て」「測って」「考えて」をスローガンに、令和の時代も生き生きと邁進したいと思います。

(生命環境科学/生物)

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