HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報612号(2019年10月 1日)

教養学部報

第612号 外部公開

<時に沿って> モノづくり

正井 宏

昔から形のあるものをデザインしながら作るのが好きで、子供の頃から色々な工作を楽しんでいました。高校生の時にパズルのような有機化学の問題を解くのが楽しく、大学・大学院でも有機化学を専門とする道に進みました。自分の手で何かを作り上げるというのが性に合っていたためか、有機合成を駆使して材料を開発する研究者の道を歩み始めました。有機化学というのは、たとえわずかな種類の元素であっても意図した分子を組み上げることで、材料の性質をデザインできる学問です。そのためパズル的な要素が組み合わさった、ものづくりの学問とも言えます。ものを作るという観点では、確立された応用分野のようにも見えますが、作り方や現象にもまだまだ未解明な難題も多く、厳密な部分と不確定な部分が絶妙に混じり合った学問領域だと思います。
例えば研究を続けていると、自らの手で完璧に設計して合成したはずの材料が、未知の性質を示すこともあります。あるいは設計した材料が合成できずに、代わりにできた予定外の材料が想定外の高性能を出す、ということもありました。材料性能の数値が求められる応用研究に取り組んでいても突然、未知の性質・想定外の性能から重要な基礎研究につながることもあり、基礎と応用が表裏一体なことすらあります。デザインした材料を作っても、自身の想像を上回った結果を与えた時は、「なぜなんだろう」、「答えが知りたい」、という思いに駆られます。そして気が付いてみれば私自身、ものづくりが好きで始めたはずの有機材料という形ある研究を通じて、いつの間にかその奥に潜む現象や原理の解明といった、形のないモノを追い求めるようになっていました。
ものづくりと原理の解明は、形があるなしという点では相反するように見えて、実はとても似ているように感じます。たとえ最初は想像や仮説という形のないモノであっても、検証や考察を繰り返し、デザインした実験を通じて、試行錯誤しながらも新しい原理を確固たるものにする。このプロセスは、そこに形はなくとも、形あるものを作り上げる作業に通ずるものがあると思います。相反するかのような関係が、モノを最後まで作り上げる楽しさという、昔ながらの自身の源流で互いに繋がっているということに気づかされます。
研究をしていると、無関係と思われたものが重要であったり、矛盾しているかのような事象が繋がったりすることが多々あることを実感しました。得てしてそれが次の研究の大きな一歩になるとも言われます。私にとっては新天地である駒場キャンパスという、幅広い学問が横断する舞台で、これからも新しい繋がりを見つけてモノを作り上げていきたいと思います。
二〇一九年四月に、大学院総合文化研究科に助教として着任いたしました。皆様どうぞよろしくお願い致します。

(相関基礎科学/化学)

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