HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報613号(2019年11月 1日)

教養学部報

第613号 外部公開

浮気性GPCRの研究から見えてくるもの

加藤英明

生物の基本単位は細胞である、というのは誰しも高校や大学の生物の授業で一度は聞いたことのある言葉であろう。生物の基本単位は確かに細胞であるが、細胞がその生命活動を維持するためには、常にその外界と物質や情報のやり取りを行う必要がある。この際、自己と非自己を隔てる細胞膜を介して物質や情報のやり取りを行うのが、細胞膜上に存在する膜タンパク質である。膜タンパク質はその機能から大きく、チャネル、トランスポーター、受容体に分類することができるが、イオンや低分子などの"物質"を輸送するチャネルやトランスポーターと違い、受容体は細胞外の"情報"を細胞内へと伝えるという点でその機能が大きく異なる。この受容体膜タンパク質の中で、ヒトが持つ最大のものがGタンパク質共役型受容体(GPCR)である。ヒトのゲノムには八百種類以上のGPCRがコードされており、それぞれのGPCRは別々の細胞外刺激(=リガンド)によって活性化され、細胞内側で三量体Gタンパク質(Gs、Gi、Gq、G12の四サブタイプに分類される)と呼ばれる別のタンパク質を活性化する。こうして活性化されたGタンパク質は、更にその下流で様々なタンパク質を活性化することにより、多様な生理的機能を調節する。我々の体内には八百種以上ものGPCRが存在しており、殆どあらゆる生理現象にGPCRが関与している。そして、GPCRが多様な生理現象に関わるということは、これら受容体の機能破綻が様々な疾患に繋がることを意味する。実際、現在市場に出回っている市販薬の三十パーセント以上はGPCRを標的としており、製薬企業による研究も盛んに行われているのが現状である。
さて、GPCRにはGタンパク質選択性という重要な特徴がある。上にも述べたようにGタンパク質にはGs、Gi、Gq、G12の主に四種類のサブタイプが存在しており、特定のGPCRはこのうち一〜二種のGタンパク質を選択的に活性化するという特徴を有している。しかし、稀にこのGタンパク質を分け隔てなく活性化するGPCRが存在しており、そういった変わり種GPCRはpromiscuous GPCRと呼ばれている。Promiscuousとは英語で「多義的な」「浮気性の」といった意味であり、いわばGタンパク質なら何でも活性化してしまう浮気性GPCRということである。今回我々は、このpromiscuous GPCRとして有名なニューロテンシン受容体(NTSR1)に着目して研究を行った。
NTSR1は主に脳内に発現するGPCRであり、ニューロテンシン(NT)と呼ばれる神経伝達物質を受容すると、様々なGタンパク質を活性化し、血圧、体温、食欲、痛覚など様々な生理現象に影響を与える。NTSR1単体の不活性化状態、およびNTによって活性化された状態の結晶構造は既に解明されていたが、NTSR1─Gタンパク質複合体の構造情報は未知であり、NTSR1によるGタンパク質の活性化機構については不明な点が多かった。またNTSR1は、そのpromiscuous GPCRとしての特性上、活性化におけるenergy landscapeの形が他のGPCRとは著しく異なっていることが予想されたため、NTSR1─Gタンパク質複合体の構造は、他のGPCR─Gタンパク質のそれとは異なる可能性が考えられた。我々はこのNTSR1によるGタンパク質活性化機構の詳細を理解するため、複合体の構造解析を試みた。クライオ電子顕微鏡法を用いて複合体構造を三・〇Åという高分解能で決定したところ、我々はNTSR1─Gi複合体のサンプル中には二つの異なるコンフォメーションが存在していることに気がついた。一つ目のコンフォメーションは他のGPCR─Gタンパク質複合体と類似の構造、もう一つのコンフォメーションは報告されている複合体とは大きく異なる新規構造であった。我々はさらに計算機的、生化学的解析を行うことで、この新規構造が、GPCR─Gタンパク質複合体の形成過程における中間体状態の構造であることを見出したが、これは「GPCR─Gタンパク質複合体の形成反応における高分解能中間体構造を世界で初めて明らかにした」ということで高く評価され、Nature誌に掲載された。
今回の仕事は、元々NTSR1のpromiscuityに迫るため始めた構造解析であったが、蓋を開けてみれば複合体形成の粗過程を明らかにするという別の方向での大きな発見に繋がる仕事と相成った。しかしながら、私自身はこの中間体構造が(構造決定できるほど)エネルギー的に安定であることと、promiscuous GPCRであるNTSR1がもつ複雑なenergy landscapeの間には関係があると睨んでいる。今後はその方向に研究を進展させ、GPCR活性化に潜むより普遍的なルールを見出したい。

(生命環境科学/先進科学)

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