HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報614号(2019年12月 2日)

教養学部報

第614号 外部公開

<時に沿って> (知的な)故郷で学ぶ、もう一度

井上博之

今年九月、総合文化研究科地域文化研究専攻に講師として着任しました。研究対象としているのはアメリカ合衆国の小説および映画です。前期課程の授業では英語科目を、後期課程や大学院では専門科目を担当します。教員として駒場に戻ってこられたことをとてもうれしく思っています。
自分にとってまず故郷と呼べる場所は出身地である香川県高松市です。高校を卒業して以来、県外で生活をしてきた期間のほうが長くなる年齢にもうすぐ達しようとしているものの、今も自分は香川の人間であるという意識がつねにどこかにあります。それに加えて僕には知的な故郷(intellectual home)とでも呼ぶべき場所が二つあります。一つは大学院博士課程の学生として四年半の留学生活を送った合衆国のアリゾナ州トゥーソンです。留学中に日本への一時帰国からトゥーソンに戻り、住んでいたアパートの管理人のおばあさんから「お帰り!」("Welcome home!")と声をかけてもらったときに抱いた不思議な気持ちをときどき思い出すことがあります。そしてもう一つの場所は、文科一類の学生として入学したときから博士課程の途中までの八年ほどをすごした駒場キャンパスです。トゥーソンでの留学生活を終えて帰国したあと、最初に英語部会の助教として拾ってくれたのも駒場だったので、学生としても教員としても自分を育ててくれた場所にもう一度戻ってきたことになります。立場を変えて訪れるたびに、駒場キャンパス全体の様子も学生のみなさんの様子も近いようでいて遠い、懐かしいようでいて新奇で見知らぬものであるように感じられます。合衆国西部の文学や映画を場所・空間との関係から考察するのを当面の研究テーマとしているのですが、自分を形成してきたと感じる場所についての意識がそのような研究テーマにたどりつく過程のどこかにも影響していたのかもしれません。
文科一類の学生として東京大学に入学したときには漠然と国際関係や国際法について勉強したいと考えていましたが、大学入学前後からいろいろな小説をまず翻訳で読むようになりました。そしてほぼ同時期に駒場で受講したいくつかの語学の授業をとおして英語を読むことが好きになり、いつのまにか英語圏の小説について勉強すると決めていました。そのあともここで何人もの先生方と友人たちに出会いました。そうした偶然の出会いがどれも自分にとっては欠かすことのできないものでした。大学教員になってからも変わりません。以前に助教として駒場で授業を担当していたときも、前任校である千葉県の和洋女子大学で教えていたあいだも、自分が教える以上に学生のみなさんから多くを教えられたと感じます。そのような幸福な仕事を駒場で再び経験できる喜びを噛みしめつつ、研究者としても教員としてももう一度出発地点に立ったつもりで学んでいきたいと思います。

(地域文化研究/英語)

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