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最終更新日:2021.02.03

教養学部報

第615号 外部公開

東アジアから新しいリベラルアーツを切り拓く ─東アジア藝文書院について

石井 剛

大学の教員たる者、自分が知らないことを学生に教えなければならない。「学問」とは「問フヲ学ブ」ことにほかならないのだから。大学とは、結局のところその意味での学問を心のならいとする生き方を身につける場所である。そのためのツールとして最も大事なのは、言うまでもなく、日々使っていることばだ。わたしたちは、ことばを使って世界を見、ものごとを考える。ことばを使う以上、わたしたちは運命的に「わたし」以外の「誰か」につながっている。わたしたちが使うことばは、つねに「誰か」のことばである。だからわたしたちはことばを使って、意識するとしないとを問わず、他者のことばを反復し、そのたびにそのことばが繰り返し繰り返し紡がれてきたという事実そのものが証す「友情」の重力を受けとめている。
さて、東アジア藝文書院(East Asian Academy for New Liberal Arts, EAA)が二〇一九年四月に発足した。これは北京大学とのジョイントで運営される東アジア学の研究教育組織であり、「リベラルアーツとしての東アジア学」を両大学の人々が共に構築することを目指す。すでに今年度Sセメスターには「30年後の世界へ─『リベラルアーツ』としての東アジア学を構想する」をテーマとする学術フロンティア講義を開講し、九月にはその履修生を中心とする十名の学生が北京大学であちらのEAA履修生と共に、東アジア近代における「文明とその批判者」に関するテクストを講読し議論を交わした。二〇二〇年度には、後期課程に「東アジア教養学」プログラムが新たに開設され、英語、中国語、日本語のトライリンガル教育を行う。従来の後期TLP「東西文明学」を全面的に刷新した、後期課程における「TLP2.0」である。
「東アジア学」と言っても東アジア研究をするわけではない。東アジアとは、東大と北京大学が共に所在する場所であり、そこはわたしたちが新たなリベラルアーツを生み出すための足場である。わたしたちは東アジアに根ざしながら、そこから問いを立てる。そのためにEAAは、「世界哲学」、「世界歴史」、「世界文学」、「未来社会と環境・健康」という四つの研究の柱を設けて多言語・多国籍の研究交流を展開している。哲学、歴史、文学など人文諸学は多く「中国」、「日本」、「フランス」、「ロシア」など国を示す修飾語に伴われて分類される。だが、国別にそれらを分節することは、グローバル時代にはもはや不釣り合いだ。哲学や歴史や文学のような人の営み(そこにはいつも「問い」がある)が国民を単位にまとめられてしまえば、ことばを紡ぎ伝える「友情」が分断される。個々の言語やテクストがある地域の文化に根差していることが現実であるとしても、その特殊性が国に還元されてしまう必然性はないし、特殊であることは普遍と対立することを意味するのでもない。むしろ、それを不問にして普遍を構想することはできないだろう。東アジアからのリベラルアーツとは、わたしたちが言語的にそして身体的に寄りかかっているこの土の上に立つ自分を手がかりとして、問いを「世界」に開き、普遍性を指向する学問のありかたを指す。この姿勢を基本として、あるべき社会をデザインし、環境にアプローチし、そして人々の健康とは何かを問う。その先にこそ、未来の豊かな社会は想像されるはずだ。わたしたちに求められるイノベーションとは、問いに支えられた想像力を世界のために実装するたゆまぬ創意なのだ。
「東アジア教養学」プログラムの履修生は古今東西の経典テクストの講読や北京大学との交換留学、さらには企業へのインターンシップなどを通じて、キャンパスの中と外をつなぎながら、世界を問い、人を問いながら、他者と共に生きることの技法を身につける。近代の中で築かれてきたリベラルアーツと教養を、東アジアから刷新する。その中心を駒場が担う。我こそはという学生さんの加入を歓迎したい。

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(地域文化研究/中国語)

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