HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

送る言葉「陶山明先生を送る」

新井宗仁

陶山明先生は本学理学部物理学科を卒業後、同大学院の和田昭允研究室で博士号を取得し、助手に着任された。当時の和田研は世界に先駆けて自動DNAシーケンサーを開発し、それは後にヒトゲノム・プロジェクトへと発展していくこととなる。陶山先生は、そうして得られるゲノム情報の理論的解析法の開発に取り組まれ、バイオインフォマティクス(生物情報)という言葉が生まれる以前から、その先駆けとなる研究をされた。
長岡技術科学大学の助教授を経て、一九九二年に駒場に助教授として赴任後も、理論と実験の両面から、DNAに関して多岐にわたる研究を展開された。病気の診断などに利用できるDNAチップ技術の基本概念を提唱したのも陶山先生である。また、汎用型DNAコンピュータを開発し、それを製品化するベンチャー企業も設立された。
陶山先生は駒場だけでなく理学系研究科の物理学専攻も兼担され、多くの学生の教育と研究指導に取り組まれた。陶山研は多数の優秀な研究者を輩出し、その多くが現在は東大、東工大、名大や早稲田大等の教員として多方面で活躍されている。ユニークな研究者が多いのは、陶山先生から「異視考」を受け継いでいるのだろう。
学内業務においては、学部長補佐、系長、様々な委員長等を歴任された。そのご多忙のせいか、二〇〇九年に脳梗塞でお倒れになったが、すぐに復帰され、いつもの陶山先生に戻られたのは驚きである。
私が初めて陶山先生にお会いしたのは、理学部物理学科の三年時だった。オムニバス形式で一回だけご登壇された陶山先生の講義を聴き、数学的な手法で生命科学のデータを解析する「生物物理学」の研究に興味を持った。それが重要なきっかけとなって、四年生の特別研究の際に、生物物理学を専門とする研究室を選択した。そしてその研究室の大学院生、助手になり、現在に至っている。
陶山先生には私の博士論文の副査をご担当いただき、内容説明のために駒場の居室にお伺いした。そのときの先生の笑顔や、クリヤーカットな語り口は今でも覚えている。私の拙い説明でも瞬時にご理解され、鋭いご指摘をくださった様子を見て、「知性の人」という言葉が浮かんだ。その広い見識に大変な感銘を受け、陶山先生のような研究者を目指したいと心から思った。
それから十年後に私も駒場に着任するとは全く想像していなかった。しかも、生命環境科学系と物理部会の両方に属する教授会構成員は現在、陶山先生と私だけである。稀な境遇でご一緒できたことを、密かに嬉しく思っていた。数え切れないほど多くの業務をご一緒させていただいた。私が熟慮したつもりの書類であっても、常に論理的で正確な陶山先生の手にかかると、論理の飛躍や、あらゆる可能性の検討に漏れが見つかった。先生のお部屋で四、五時間も議論させていただいたことも度々あった。それも来年からはできないと思うと、寂しさと不安が募る。
主観年齢が私の実年齢よりもお若い陶山先生には、今後のご健康とますますのご活躍を祈念するのみでなく、変わらずご指導いただけることを期待している。

(生命環境科学/物理)

第616号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報