HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報616号(2020年2月 3日)

教養学部報

第616号 外部公開

送る言葉「河野先生をおくる言葉」

河澄響矢

河野俊丈先生については、美味しいレストランやお酒の目利きということが必ず語られます。私もトポロジー火曜セミナーの会食を通して長年その恩恵に浴して来ました。数理科学研究科所蔵の幾何学模型の適切な保存や数理科学研究科棟にある美術品のすべては河野先生のご尽力なしには考えられません。銀杏と MathのMを掛け合わせた数理ロゴマークも河野先生のデザインによるものです。天体観測やクラリネットのご趣味も含め、河野先生がすぐれた感覚の持ち主であることは誰もが賛成することでしょう。
教養学部報の記事としては、河野先生が「メイドイン駒場」の数学者であることを書いておくべきでしょう。当時の教養学部数学教室には青本和彦、加藤十吉、斎藤恭司という後の大御所となる数学者がおられて共同してセミナーをしていたと聞きます。河野先生の指導教員は加藤十吉先生で、このセミナーから育っていかれました。私が河野先生のお名前を聞き始めた一つは、大学院生のときに参加した合宿型の研究会の夕食で青本先生の向かいに偶然座ったときに、問わず語りに青本先生が河野さんという非常に優秀な人がいるとおっしゃったことでした。
組み紐群つまりn本の糸の平織りの全体は、二つの組み紐の端のn点をつなげる操作によって群の構造をもちます。これが組み紐群です。もちろん組み紐群は離散的ですが、河野先生は少しだけ小さくして得られる「ピュアな組み紐群」の無限小表示を与えました。これが現在、ドリンフェルト・河野・リー代数と呼ばれるリー代数(リー環)です。ドリンフェルト・アソシエータという概念が整数論とトポロジーの両方に深く関わることが二十世紀末から二十一世紀にかけて明らかになってきました。その定義はドリンフェルト・河野・リー代数を用いてなされます。河野先生のご研究は、数理物理への展開を含む広い視野と独自の観点をもってなされていますが、このこと一つをとっても二十一世紀の数学の扉を開いたものであると言えるでしょう。私自身は写像類群のジョンソン準同型について研究していますが、ドリンフェルト・河野・リー代数を正の種数の場合に拡張する試みとも言えます。
河野先生のもとからは本年度修了予定者を含め 二十六名が課程博士の学位を取得しました。数学では一人一人の学生をじっくり育てるのが世界的にも通例です。大学院重点化以降、教員一人当たりの大学院生の人数が少なくなっています。日本のトポロジーにおいてこれだけの人数の大学院生を育てたのは河野先生が最後の世代ではないでしょうか。他方、最近四年間は研究科長の任にあたってこられましたが、はっとするほど細かい配慮を示されることが何度かありました。
定年まで一年間を残して次の職場に移られると聞いたときは驚きました。三十年近くお付き合いいただいてきましたが、ひとつの区切りが来てしまいました。ご健康と次の職場でのご活躍を念願してこの稿を終えたいと思います。

(数理科学研究科)

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