HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報617号(2020年4月 1日)

教養学部報

第617号 外部公開

<本の棚> 深代千之、安部 孝 編 『スポーツでのばす健康寿命』

藤垣裕子

私たちの身の回りには、健康を維持するために「**という運動をすれば効果がある」「○○を食べれば効果がある」という情報があふれている。しかし本当のところ、運動や食事によって、健康寿命はどれだけのばすことができるのだろうか。この問いに対し、現時点での最新の科学的エビデンスを集約しているのが本書である。各章の各節に証拠として用いた原論文が参照されており、さらなる探求に役立つ構成になっている。
本書は、四章から成る。第一章はセルフチェックの章であり、BMI(Body Mass Index, 体重を身長の二乗で割った値)で定義された肥満や痩せ、握力、下肢筋力、歩行能力、骨密度、柔軟性、バランス能力といった「健康」の指標が紹介される。そして、それぞれの指標の年齢による変化や、総死亡リスクや平均余命との相関が示されている。第二章は実践編であり、ウォーキング、ジョギング、サイクリング、自転車エルゴメータ、水泳、水中ウォーキング、自体重エクササイズ、レジスタンス運動などの運動の効果が紹介される。ただし、効果の指標は多岐にわたり、ある章では死亡率や体脂肪量、別の章では全身持久力や筋力、また別の章では酸素摂取量となる。スポーツクラブのトレーニング実施に役立つような書き方をした章(二・三や二・四)もあれば、運動が効果をもたらす生体メカニズムに注目した章(二・五)もある。
続く第三章は、「教養として知りたい運動の効果」がまとめられており、肥満や痩身、高血圧、高脂血症、糖尿病、変形膝関節症、骨粗しょう症、がん、認知機能低下、抑うつ、不眠といった症状に、どのような運動がどの程度効果をもたらすかを検証した論文がレビューされている。高血圧および高脂血症については治療に運動の効果があるのに対し、認知症やうつに対しては治療に運動の効果があるエビデンスはないが、予防に運動の効果があるエビデンスが示されている。最後の第四章では、健康維持にとって欠かせない食事と栄養についての各種の知見がまとめられている。青年・中年・高齢期と各層によってBMIの分布がどう変わるか、腹八分目と寿命の関係、高齢期に低栄養になるメカニズムなどが紹介されると同時に、中年期は過栄養に気をつけるべきだが高齢期になると低栄養が問題になることが示される。
全章を通して、高齢者のサルコペニア(加齢にともなっておこる筋量と筋力、身体機能の低下現象)、フレイル(加齢にともなうさまざまな臓器の機能変化や予備能力低下によって外的なストレスに対する脆弱性が亢進した状態)、ロコモティブシンドローム(運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態)を防ぐために運動や食事がどのような効果をもつかに焦点があてられている。これらを防ぐことは、高齢者が要支援・要介護状態にならずに健康年齢をのばすために重要であるからだ。母の介護(要支援2から要介護5まで)をこの四年で経験した私には役に立つ情報満載であった。同時に高齢者だけでなく、若い人にも有用な情報も多々ふくまれている(たとえば思春期の痩せすぎが高齢期に骨粗しょう症を招くなど。P.252)。
エビデンスの挙げ方は章によって異なるが、エビデンスの強さについてのコラムもあってわかりやすい(個人的には単なる観察研究、横断研究、コホート研究をいっしょくたにまとめてしまっている引用図には抵抗があるが)。また、エビデンスの質によって効果評定も異なる。たとえば、減量を目的としたダイエット法の一つである糖質制限食の効果では、解析の質が低いと判断された論文では、対照食に比べて糖質制限食のほうが減量効果が高いという結論になっており、逆に解析の質が高いと判断された論文では、糖質制限食による減量効果は認められないという結論が紹介されている(P.257)。また、一時流行った脳トレでは、特定の認知機能(たとえば記憶)を高める効果は得られているが、それが他の認知課題や日常生活にも波及する効果があまり得られていない(P.226-P.227)という興味深い示唆もある。
全般に運動と食事の効果についてのさまざまな発見を得ることができ、各章ごとのコラムも効果的である。ぜひ一読をお勧めしたい。

(広域システム科学/情報・図形)

第617号一覧へ戻る  教養学部報TOPへ戻る

無断での転載、転用、複写を禁じます。

総合情報