HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報617号(2020年4月 1日)

教養学部報

第617号 外部公開

オトナのコマメシ 〜final

堀田知佐

身も蓋もないようだが、「学食」とはキャンパス内だけで生きていくのに最低限必要な基本的メシ権を保障する組織であると認識している。メシなど生存のための手段に過ぎないと考える、ここ駒場のキャンパスに生息する少なからぬ数の特殊な生きものたちにとって、必要十分で困ることはないが、贅沢や変わり種もない。ところがその駒場学食が二〇一九年春、突然の展開を迎える〜KEBAPの登場、これはちょっとした事件である。KEBAPといえば数年前ようやく渋谷に登場したばかりの日本ではまだレアなX級グルメ。トルコ系移民の多いドイツでは街中心から少し外れたNeustadt界隈になくてはならない素朴な味で、くるくる回るぐるぐる巻きをそぎ落としてたっぷりバンズに挟み込んだその独特の食感は、フランスのパン屋さんのバターと卵たっぷりラウンドキッシュと並んで欧州出張でたまに味わえる密かな愉しみでもあったのだ。悦ぶか哀しむべきか、学食とは対極にあるその非日常がある日するりと入り込んできたわけである。
最初のひと月はこれでもかとライス派バンズ派、お肉の量を目で測りながら今日はインドカレーと、通い詰めた人も多かったろう。それが過ぎればある種の定常状態に至るわけだが、それにしてもここのところのコマメシの変化は著しい。
特筆すべきは古くからのお店の閉店。鉄道模型が名物の駒鉄が去ったのは少し前で、去年は中華井上がついにその長い歴史に幕を閉じた。筆者ご用達のパン屋Jamの職人もいつの間にか失せ、突然すぎて惜しむ間もない。そんな危機感も働いてか、三島にふらりと入ったら、鉄板のふっくらした四角いお好み焼きと学校帰りの高校生。これぞ日本の風景とおもうのは昭和世代の懐古趣味だろうか。
とるものもとりあえず老舗をおさらいしてみよう。素朴なパンが窓辺に並ぶかどや、定食屋で絶大な人気を誇る菱田屋、若者から熱い支持、カツカレーのキッチン南海、そして中華の苗場、オークスに、最後に大盛そばの満留賀で締めだ〜鉄壁のコマシタ飯と誰もが疑わないが、いつまでもそこに在ってくれることを祈ろう。
中堅どころでは、弁当なら肉屋の太田屋、はたまた、裏門のたけ。カレー屋はボリュームとコクのムスカンとあっさりチキン派Lucy、気分次第で食べ分けよう。お客さんランチは、Lever son Verreは予約必須、pesca bianca(伊)とchamber avec vue(仏)も。麺処なら蕎麦の絆、山手ラーメンと一信、並んででも食べたいジロー系好きなら足を延ばして千里眼名物冷やし中華へ。夜にコマシタで一杯といくなら鍋のさわやかと刺身の英華、最近では焼き物の駒いちも加わる。バーガーやサンドイッチは裏にまわってBondiかFreshness burger一号店へ。昔話にお茶を飲むなら、ケーキのLisblanc、ディラミス店、そしてそう、駒鉄のあとには新たなCaféスペースも。
メシ処はたいへんだ〜飽きないが変わらない、新鮮味もいるが記憶の味も食べたくなる、そんな矛盾したエッセンスが求められる。これに限らずシゴトは何処でも五年は趣味、十年は努力と工夫、惰性を超えて二十年必要とされればそこで初めて才能といえるか。健全な淘汰のない世界はつぶれるわけで懐古だけでは立ち行かない。そんな中、二十年以上続く多くの古いコマメシ処に是非足を延ばしていただきたい。
これまで何度も登場した筆者一押しの侯爵邸は、ついに長い修復の時を経て、東洋随一の洋館と呼ばれた麗しい姿を取り戻す。豪奢な材を使った空間美の和亭とともにぜひ訪問されたし。その折には日本文学館ランチや、駒Ⅱ北界隈のランチ〜和茶房で利きほうじ茶、俊樹で焼きカレーもおすすめ。
というわけで四回にわたる連載はひとまず終わりとしてバトンタッチをしたい、次年度の新装開店を楽しみにされたし。

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(相関基礎科学/物理)

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