HOME総合情報概要・基本データ刊行物教養学部報618号(2020年5月 8日)

教養学部報

第618号 外部公開

量子に触る、操作する。究極の技術へ。

野口篤史/長田有登

私たちの身の回りのもの、また私達自身は原子やそれらがくっついた分子からできています。原子は、また原子核と電子から成っています。原子核と電子の両者は、正負反対の電荷を帯びているために、互いに引き合います。ここまでは高校の物理でやることだと思いますが、ではなぜ電子は原子核にくっついてしまわないのでしょうか。
物理学は、自然やこの宇宙の現象を説明したり、その背景には何があるのかを明らかにしようとする学問です。中でも、特に原子や電子といった小さなもの(量子と呼ばれます)の振る舞いは量子力学に従って理解され、特に「量子状態」と呼ばれる状態の間を量子が飛び移りながら変化していくように記述されます。「量子状態」とは言っても難しいことはありません。例えば量子が「左手の中にある状態」と「右手の中にある状態」という二つの状態を考えることもできます。しかし量子は、私たちの直感とは違い、これらの相反する状態に同時になるという一見矛盾した現象が観測されます。冒頭で述べたように、私たちのような(量子ではない)大きなものも所詮は量子の集団から構成されているわけですが、しかし大きいものの世界では明らかに左手と右手に一つのものが同時にあるようなことは起きません。
同時に相反する状態になるというのはどういうことでしょうか。「左手の中」と「右手の中」を同時に経験した量子はお互いに異なる経験をした自分自身と出会います。このような現象を私たちは「量子干渉」と呼びます。しかしながら、量子干渉をするには、何人たりともそれらを区別できない必要があるのです。逆に、異なる状態にある量子を区別できるようになってしまうことをデコヒーレンスと呼び、こうなってしまうことを量子状態が壊れると表現します。「大きなもの」を対象にすると、多くの場合、異なる状態は区別可能です。例えば、ボールが左手の中にあるか右手の中にあるかは区別がついてしまうため、量子状態として扱うことはできません。
それではどうすれば「大きなもの」(自由度の大きなもの)を量子力学の対象として扱うことができるようになるでしょうか。この問いは、単に基礎科学的なものではなく、実は大きな応用上の問いでもあります。なぜならば、大きな自由度が完全に量子力学的に制御された系というのは、その応答を調べることである種の計算ができることが知られているからです。これを量子コンピュータと呼びます。超高精度な量子制御技術が可能にする、大きな量子系・量子コンピュータは、まさに究極の技術と呼べるのではないでしょうか。
現状では、たった一つの量子ですらある時間を置くと量子状態が破壊されます。この破壊を防ぐ手段は「量子誤り訂正」と呼ばれ、量子力学の性質を巧みに利用することで実現できることが分かっています。量子制御技術を高め量子誤り訂正を実現し、「たった一つの量子でも良いから好きなだけ長い時間量子状態として維持される系を実現したい」、それが私の夢であり、研究のビジョンです。

野口篤史(相関基礎科学/先進科学)


なぜ空は昼間は青く、夕焼け刻には地平線から夜空にかけて赤から藍まで虹と同じ色が見えるのでしょう。宝石はなぜ様々な色彩を見せてくれるのでしょう。なぜナトリウムランプは黄色で、水銀ランプは白色なのでしょう。こういった光にまつわる疑問を解消するカギは、光とはなにか、物質とはなにか、そして光と物質が出会うときに何が起こるかにあります。ここ百年のうちに量子力学の登場によってこれらが理解されるようになって以来、物質で光を操ったり、逆に光で物質を操ることができるようになりました。
こういった営みを極めていくと、光も物質も、その最も小さな「単位」を操ってみようという動きが活発になってきます。原子や電子は「右手の中」と「左手の中」という異なる状態をいっぺんに経験することができるもの、すなわち量子と呼ばれる存在です。実は光も、原子や電子と同じく量子として振る舞うことがわかっています。原子や電子と同じというわりには光には一個、二個、と数えることができるツブツブをイメージしづらいのですが、実は最近では光のツブツブ、すなわち光子を数えることができてしまいます。この光子と原子という「小さなもの」を、量子としての特徴を保ったまま操るためには、原子を一個だけ用意して、光子と原子の間で「話し合い」(相互作用)をさせる必要があります。
しかし光子は静止している物質を文字通り光の速さで通り過ぎてしまうため、十分な「話し合い」の時間が取れません。ですので、とても小さな合わせ鏡の中に光子を閉じ込めて、同じく閉じ込められた原子と光子が十分な「話し合い」をすることができるようにしっかり段取りを組まねばなりません。これはたいへん高度な技術なのですが、こうして初めて光子と原子が十分に情報交換できるようになり、量子的なふるまいを保ったまま操ることができるようになるのです。光を操る技術が発展するにつれて、光子を一個だけ取り出してみたり、光子を使ってよりよい計算機や通信網を作ろうといった光の量子的側面を活用した研究もここ最近急速に盛り上がっています。
私もご多分に漏れず原子(より正確には原子イオン)と光子のセットを使った「光量子デバイス」の研究をしています。ゆくゆくは光量子デバイスをたくさん制御して計算機に応用したり、光量子によって支えられる「量子ネットワーク」という高度な通信技術の開拓者の一人となり、次世代の社会の可能性を探求することを目指しています。

長田有登(先進科学研究機構)

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